国教会って情けない
国教会の聖職者には有名な掟が存在する。
『決して妻帯してはならない』
聖職者は人々を導くため、禁欲的に生きなければならないのだ。人間なんて生まれてきただけでも罪深いのに、結婚など言語道断というわけである。
アメリーにはなんとなく理解できるような、できないような理屈だけど、とにかくそういう決まりがある。
そしてこのルールを理解できないと思ってるのは何も街娘の私だけじゃないようで、実は聖職者には内縁の妻がいる場合が多い。
いいや、内縁の妻ならまだマシ。表では聖典を読み上げ、人々を指導しながら、裏では教会の金を使って女遊びし放題の聖職者もたくさんいる。
こんなのもう聖職者じゃなくて、性職者である。
「ユリウス・デュレー。来年25歳になるから、司祭に叙階される予定よ。にも関わらず、困ったことに彼には妻がいないの」
お嬢様の言葉は一見矛盾している。妻帯禁止の聖職者が、妻帯していないことの何が問題なのか。正しく教えを守っている立派な人ではないのか。
この問題には前述の性職者達の振る舞いが関係していた。
国教会では、地方の聖堂や教会に聖職者が派遣される。
その際、聖職者もとい性職者達は地元の女性を性的な意味で喰いまくるのである。お金を払って遊ぶくらいならまだ良心的で、「聖職者の言うことを聞いていれば、死後天国に行くことができるし、反対に言うことを聞かなければ、貴女は地獄に堕ちるだろう」などと卑劣なことを言って女性を従わせる者もいた。
生娘も人妻も関係ない性職者達のために、地元住民達は怒り心頭に発した。
そこで地方民は、とあることを言い出した。
「内縁の妻がいる聖職者じゃないと、俺たちは受け入れない!」
俺たちの大事な妻、娘、姉妹に手を出されちゃたまらない。
きちんと(内縁の)妻がいるお方が派遣されなければ、教会に税は支払わない。
国教会と貴族は税収をめぐって対立する立場にあるから、もちろん国教会に援軍はない。むしろ、国教会のあらゆる口出しに辟易している諸侯は、聖職者が淫行にふけり、堕落することを願っているくらいだ。
そんなわけで遂に、暗黙の了解として、聖職者として地方赴任する者は、内縁の妻が必要ということになったのだ。
「お嬢様、なんだか国教会に対して情けないという気持ちが湧き上がってまいりました」
「うふふ、わたくしもよ」
ユリウス・デュレー。
先代クレミヨン伯爵の三男坊と異国人の間に生まれた。身分差ゆえに結婚を認められなかった二人は、駆け落ちし───間も無く亡くなったそうだ。
幼いユリウスは教会に引き取られた。クレミヨン伯爵家は公にユリウスを迎え入れることはできない。正しい結婚のもと生まれたわけじゃないユリウスには教会籍がなく、母親も異国人のため平民の籍すらなかったからだ。こうなっては教会で育ったという最低限の箔がなければ、この国ではまともな人間としての立場は得られない。
とはいえユリウスとクレミヨン伯爵家に血の繋がりがあることは公然の秘密であり、聖職者として身を立てることになったユリウスの後ろ盾は伯父クレミヨン伯爵である。
そんなわけで、ユリウスは規定上最年少の25歳で司祭に叙階され、地方の教会を任される予定だ。
その後やはり最年少の35歳で司教となり、ポストが空き次第大司教、そこからは政治力も必要だが枢機卿になることも不可能ではない。聖職者界のエリート街道爆進中の男である。
「とってもハンサムよ」
「男は顔じゃありませんよ、お嬢様。誠実と寛容こそが美徳です!」
「市井の娘達がユリウス・デュレーを拝もうと熱心に大聖堂へ通うほどなんだとか。歌劇俳優のランメルスに似てると評判で」
「…まあ一目くらい見ておいても損はなさそうですね」
「そう、一目くらいは見ておいて損はないわ」
身元がしっかりしていて、信頼に足る未婚の娘で、出来たら読み書きができて、なおかつ『結婚』をしなくてもいいと考えている人物。
確かに稀有な存在である。
こういう女性の捜索に難航しているとクレミヨン伯爵家の親戚から頼られたお嬢様は、ふと思ったわけだ。
あら、わたくしのアメリーこそ、求められている女性なのではなくて?
「ね、お願いよアメリー。一度会ってみるだけでもいいわ」
アメリーはお嬢様のお願いに弱い。ゆっくり頷いた。