ややこしい提案
「そうだわ、アメリー。アメリーがいるじゃない」
アメリーの仕えるお嬢様は、ふと思いついた。
有爵貴族の本流筋に生まれた女性特有の屈託のない笑みを浮かべながら、ポンと両手をあわせる。軽快な仕草であった。
「アメリー、あなた理想の結婚相手がいないと言っていたでしょう?」
「…ええ、お嬢様。趣味を許容してくれる方でないと」
お嬢様は確認するようにうんうんと頷く。
「いっそ結婚なんてしなくていい、とも言っていたわよね」
「お嬢様の婚家まで御供させていただけるなら、正直そういう生き方もありだなと最近思っていますね。何十年でも私といましょう、お嬢様。どう考えても一番上手くお嬢様にメイクできるのは私です。年季が違います」
「いやだわもう、アメリーったら」
この世の中、ただ一人のお嬢様に何十年と仕え、独身を貫く侍女も存在はするらしいが、普通は結婚適齢期に退職するものであった。アメリーのお嬢様は、アメリーのかなり本気の売り込みを冗談として捉え、ころころ笑う。
子爵令嬢のお嬢様は、本来なら平民で田舎出身のアメリーが直接仕えられるような相手ではない。
「我が家はただの下級貴族よ」なんてお嬢様はおどけてみせることもあるが、この国に有爵貴族は300家門もないのである。爵位を持っているだけで雲の上の存在だ。
貴族の下には準貴族や騎士階級なんかがあって、都市部の中流階級がさらに続いていく。アメリーの実家は地方ではかなり裕福な家だったが、それだけ。伝手で子爵家に紹介してもらい、お嬢様から「あら、あなたのお顔とっても好みだわ。針仕事はできるかしら?」と侍女に引き立ててもらった。そうでなければ今頃台所女中をやっていてもおかしくはない。
つまり、アメリーにとっては今の職場が最高なのだ。
たとえばアメリーが「明日結婚します」と言えば笑顔で「お仕度に足してね」と宝石ドレスを持たせて送り出してくれそうなお嬢様とは裏腹に、できたら死ぬまで居座っていたい職場なのである。
結婚は…あまりしたくないし。
郷里での苦い思い出が蘇る。アメリーには元々婚約者がいたが───過去形だ。
そんなアメリーの内心を知ってか知らずか、お嬢様は微笑みを浮かべたままだ。自分の考えは会心の名案であると確信しているようで、街一番の帽子屋に予約ができたことを告げるような雰囲気で、言葉を紡いだ。
「やはりピッタリなのではないかと思うのよ。ねえアメリー、あなた司祭様の『内縁の妻』になる気はないかしら?」
「……内縁の妻?!」