788・後始末はしっかりと
788・後始末はしっかりと
夕日が落ちると、一日の疲れを意識し始めて、今日もあと少しだなぁと思います。外の工事も終わって、美和さんや美世さんのお店も店じまいを始め、キッチンではお夕飯の準備。美味しい香りと温かな湯気が充満するダイニングとリビングでは、皆それぞれに過ごしています。桜雨お姉ちゃんと桃華お姉ちゃんと瑠璃さんはお夕飯の準備、秋君とタヌキちゃんは赤ちゃん達の子守り、冬龍君と私と夏虎君と奈美ちゃんは大きなローテブルでお勉強。とっても穏やかな時間は妖精さん達にも心地いようで、あちらこちらでまったりしている姿が見られます。中には、ローテブルの上に腹ばいになって、私達の教科書やノートを覗き込んでいる妖精さんも。
そんな穏やかな空間に、らしくない程ピリピリとしたお顔の梅吉兄さんが帰って来ました。一緒に帰って来た三鷹お兄ちゃんと笠原先生は、いつも通りのお顔。あれ? もう一人いる。小暮先生だ。
「ただいま。ちょっと、ここを使うね」
皆の視線を一気に集めた梅吉兄さんは、ダイニングテーブルに座ると俯いて大きな溜息をつきました。その正面に小暮先生を座らせて、その左右に三鷹お兄ちゃんと笠原先生が座ります。
ただならぬ雰囲気に、皆はそれぞれの手を止めて、俯いたままの梅吉兄さんに注目していました。そんな中、瑠璃さんは四人分の冷たい麦茶を用意して、静かに出しました。
目の前に出された麦茶のグラスをガッ! と掴んで、一気に飲み干した梅吉兄さん。
「もう、無理だから。退学」
空になったグラスを静かに置いて、梅吉兄さんはジッと小暮先生を見つめて言いました。
「はい。申し開きもございません」
深々と頭を下げる小暮先生。
「あそこまでなる前に、何とか手を打てなかったのですか?」
笠原先生、呆れています。
「ご家族に何回も話はしたんですよ。けれど、話が通じなくって」
小暮先生、よく見たらゲッソリしている。お仕事、忙しいのかな?
「まぁ、あの子を産み育てた母親ですからね」
「父親はまだ話が通じるんです。でも、かかぁ天下で父親の存在は皆無に近くって」
何を思い出しているのかな? 小暮先生ってば、体から魂が半分ぐらい抜けちゃってる。
「会社の方もあの母親がトップだから実績もガタガタ、従業員たちの愛社心も地を這うようですよ」
小暮先生は、虚ろな瞳で続けました。
「それなら、心置きなく潰せるじゃないですか」
笠原先生の言葉に、梅吉兄さんは渋いお顔で聞きます。
「社員の行く当ては? 有能な人材は?」
「次の職場は幾つか用意してあります。有能な社員には、東条グループから声をかけてあります」
難しい、大人のお話しだ。気にしない様にしても、聞こえちゃうから気になっちゃうよね。
「野放しにするのか?」
三鷹お兄ちゃんの質問に、梅吉兄さんが眉間を摘まみながら答えます。
「ただの一般人だったら、野放しでも良かったけれどね。あんなんでも旧家のご令嬢と奥様だからね。変に行動力と権力はあるから、野放しにも出来ない。ので、二条家の系列のお寺に預かってもらう事にした。距離からしてもここから遠いし、監視があれば変な動きをすればすぐに知らせて貰える」
「大人しくしているとは考えないんですね」
「無理でしょ。あの性格だもん」
梅吉兄さんが投げやりに言うと、三鷹お兄ちゃんも笠原先生も小暮先生も、うんうんて大きく頷きました。そんな小暮先生の後頭部が、ガシッと鷲掴みにされました。
「よう、無能の和君。よく、うちの敷居を跨げたもんだなぁ」
お仕事を終えた修二伯父さんです。小暮先生は修二伯父さんのお姉さんのお子さんなので、修二伯父さんの甥っ子さんだそうです。
「いだっ! いだだだだだだ!! 修二さん、本当に痛いです。ごめんなさい、ごめんなさい!!」
修二伯父さんは小暮先生の後頭部を持った手に力を込めます。その力の強さに、小暮先生は勢いよく立ち上がって、逃げようとしてジタバタしています。
「お前、数カ月前にここで土下座して「自分がきちんと監視する」って言っただろうが? その結果が今回の事か? ずいぶんと立派なお目付け役だな? なぁ、おい」
… 怖い。久しぶりに「本気の修二伯父さん」だ。
修二伯父さんの怖さに震えていたら、冬龍君がギュって抱きしめてくれました。
「本当にごめんなさい! 思った以上のメンタルの強さと、変に家に力があるからぁぁぁぁ!!」
悲鳴で言葉を閉めた小暮先生は、ガクンと項垂れて、ピクリとも動かなくなっちゃいました。
「使えねぇ奴が」
ようやく小暮先生の後頭部から手を離した修二伯父さんは、埃を払うようにパンパンと手を叩いて私の方を見ました。
「和桜ちゃん、今日は大変だったなぁ。疲れたろう?」
いつもの修二伯父さんです。いつもの修二伯父さんに戻っています。
「父さん、和桜ちゃんの前でやったら駄目だってば。怖がってる」
冬龍君がそう言うと、修二伯父さんは眉をハノ字にして言いました。
「だってよ~、和桜ちゃんが酷い目にあったんだぞ。怒りたくもなるだろう?」
あ、今日の放課後の事。
「気持ちは分かるけれど、和桜ちゃんの見ていない所でやってよね」
「そうそう。奈美ちゃんだって怖がっちゃってる」
夏虎君の言葉にそっと横を見て見ると、私と同じように、奈美ちゃんが夏虎君にギュってされていました。
「悪かったよ。それは悪かった。でも、明日からは安心して生活できるみたいだから、よかったな」
修二伯父さんが、お顔をくしゃくしゃにして私の頭を撫でてくれました。さっきまで小暮先生の後頭部を容赦なく掴んでいた手は、今はとっても優しく私の頭を撫でてくれました。




