42・鎌鼬と山姥とのお夕飯
42・鎌鼬と山姥とのお夕飯
私も秋君を抱っこしたまま、そぉっと梅吉兄さんの足元に座りました。イタチさん達は、パックリ切れた傷口をジロジロ覗き込んでいるから、私もどうなっているんだろう? と、一緒に覗き込もうとしました。
「和桜ちゃん、ボタン、とめて」
大きなため息をついた冬龍君に注意されて、自分がどういう格好をしているのか、ようやく思い出しました。慌てて冬龍君が肩にかけてくれたシャツに袖を通して、ボタンを止めている間もイタチさん達の観察は続いています。
冬龍君のシャツ、大きいなぁ~。ワンピースみたい。袖はまくらなきゃダメだね。
「避けたのに、傷はいつも通り綺麗。なんで?」
「曲がってない。えぐれてない。なんで?」
「この人間、動いたのに。なんで?」
傷口の形状について頭を悩ませていて、小さな頭を左右に傾げる姿が可愛いです。丸くて小さなお耳がピルピル動いています。
「真後ろに、動いただけだからじゃないかな?」
こういう時、黙っていられないのが冬龍君です。一緒に覗き込みながら話に混ざる冬龍君の横で、夏虎君が実演しました。
「「「真後ろ…」」」
「足を上げたり、横を向こうとしたら、傷口の位置も変わるよね?」
冬龍君と夏虎君は、自分の脛に水平に手を当ててから、手はそのままに足だけをヒョイと上げたり、少しひねって見せました。イタチさん達は、素直にウンウンと頷いて見ています。
「この人間、なんで真後ろに?」
「なんで? なんで?」
「… なんで?」
最後の子の言葉と同時に、クリクリのつぶらな瞳が冬龍君に向けられました。
「なんで?」
ついでに、夏虎君も冬龍君を見つめます。
「でも、確かに、滑った訳じゃないのに、しかも完全に停止していた状態でそのまま両足を同時に真後ろに動かすのは、なかなか難しいよね…」
冬虎君は何とかできないかな? と、足を動かしては止めて、止めては動かしてみます。けれど、両足を同時に真後ろに動かすのはなかなか難しいみたいで、必ず左右のどっちかがちょっと上がったり、膝が曲がったりしていました。
「「「難しい」」」
夏虎君もイタチさん達も立ち上がって、その場で冬龍くんと同じように足を動かしています。寝ている梅吉兄さんを囲んでいるその光景は、何て言うのかな? うん、変な宗教みたい。
「それは、起きた時に本人にでも聞けばいい。
ほら、飯が出来たから座れ。鎌鼬たちも食べて行くか?今日はカワムツが獲れたぞ」
いつの間にか、老人は木製のお椀に鍋の中身をよそってくれていました。
「「「食べる」」」
イタチさん達が、ササササーと囲炉裏の向こう側にならぶと、老人は後ろの大きなザルを引きずり出して、手前のイタチさんに渡しました。そのザルには、中くらいのお魚が6匹のっています。
私達は梅吉兄さんを背中にして、暖炉の前に座ります。老人に一番近いのが冬龍君で、私と夏虎君が順番に並びました。秋君は、冬龍君と私の間にチョコンと座りました。ホカホカ白い湯気をたてたお椀が、老人から回ってきました。
「黒犬にはこれをやろう」
そう言って、冬龍君に手渡されたのは… ジャーキー?
「鹿の干し肉だ。干しただけで、余計なモノは付けていないから、食べられるだろう?」
秋君は嬉しそうに尻尾を振ってお返事です。
私達はお手々を合わせて「いただきます」をすると、恐る恐るお椀にお口を付けました。湯気が鼻を湿らせて、ようやくお味噌の匂いがしました。
「美味しい」
汁を一口すすると、ちょっと濃い目のお味噌の味がお口の中に広がりました。たった一口分の汁が胃の中に落ちると、一気に食欲が出て来ました。お腹が空いていた事を、思い出したみたいです。
お椀の中身はお魚と大根のお味噌汁で、お魚も大根も身がしっかりしていて、大根の葉っぱも入っていて、とっても食べ応えがありました。冬龍君も夏虎も、無言でガツガツと食べていました。食べることに集中していました。二人とも、何回お替りしたんだろう?ちなみに、私は2回です。
お腹が落ち着いた頃、囲炉裏を挟んで前で食べていたイタチさん達は満足したみたいで、クルンと丸くなって寝ていました。
「で、今更なんだけれど、お爺さん? お婆さん? なんて呼べばいいですか?」
食後のお茶は、欠けた湯呑に並々と入っていました。それを少しづつ飲みながら、夏虎君が聞きます。
「婆じゃよ。山の中に棲んでいるから、山姥じゃな」
ガラガラの声で笑いながら、お婆さんは言いました。
「じゃぁ、オレ達、食べられちゃう?」
夏虎君の口調はとっても軽かったんですけれど、冬龍君が少し緊張したのが分かりました。それにつられたのか、満腹で私のお膝の上で丸くなっていた秋君が、私と冬龍君の間にチョコンと座りました。
「安心せい。食わんよ。お前たちは、ワシは食わんよ」
お婆さんはお茶を飲みながら、楽しそうに言います。
「山姥は、人を食べるんだろう?」
夏虎君、相変わらず緊張感がありません。
「ああ、食う。だけどな、ワシが食うのは可哀そうな子で、哀れな子で、『愛に飢えた子』じゃよ。お前たちは、とっても愛されとる。見ているだけで、こっちの腹が膨れるほどな。だから、お前たちは食わん。安心しろ」
… 安心、していいのかな?
心配になって、チラッと冬龍君の横顔を見上げました。すると、冬龍君はスッと背筋を綺麗に伸ばした正座をして、頭を下げました。
「助けて頂いた事、ご飯をご馳走になった事、感謝します。ありがとうございます。今の貴女のお話を信じてお願いがあります」
慌てて、私も冬龍君と同じように正座をして頭を下げました。
「今の僕達には何もお返しが出来なくて大変申し訳ないのですが、怪我人もまだ目を覚まさないので、一晩だけ泊まらせてください。お願いします」
そうだった。梅吉兄さんがまだ目を覚ましてないんだった。
「構わん構わん。ゆっくりしていけばいい」
お婆さんはガラガラの声で優しく言うと、大きな音を立ててお茶を飲みました。




