39・カッパの縄張り
39・カッパの縄張り
大量の水が勢いよく流れる川は、幅も広くて勢いも良くて、とても澄んでいます。もう少し下ると、滝になっているようです。私達が乗って来た電車は、山の麓から中腹までなだらかに登って、滝から落ちた川の裾に掛かった橋を通って反対側へ降りていくもので、途中で県が変わるそうです。
「で、この川が丁度、県境なわけだ」
今まで、『お仕事』でどこかに行っていた梅吉兄さんが、庄左エ門君の右足に真っ白な包帯を巻きながら説明をしてくれています。他のカッパさん達は、赤いカッパさんも緑のカッパさんも、皆一緒に庄左エ門君と梅吉兄さんを囲んで座って、静かにお話を聞いています。胡瓜をバリバリ食べながら。
「その県境である川の一部を埋め立てて整備して、キャンプ場を作ろうとしていたわけ。で、こちらの赤いカッパさん達は、庄左エ門君達と同じ山に住む、隣の県のカッパさん。埋め立てられる予定の川の周辺で生活していたわけだ」
さすが、体育の先生。包帯の巻き方がすっごく綺麗。
包帯を巻いてもらった庄左エ門君は、夏虎君から胡瓜を貰って、バリバリ食べ始めました。梅吉兄さんは、自分のナップザックから水筒を取り出して水分補給です。
「工事、始まっちゃっているの? カッパさん達、もう住めないの?」
私が使わなかった消毒薬や残った包帯をナップザックに仕舞いながら聞くと、梅吉兄さんはスマートフォンの画面を見せてくれました。
「工事は、始まったばかりなんだけれど、重機を入れるために麓から川原周辺までの木々がだいぶ伐採されていた」
スマートフォンの画面には、木々が切られて開かれた山が、色々な角度から何枚も写されていました。
「オレ達の棲みか、狭くなった。この場所、姿を隠せない」
「木の食べ物、取れなくなった」
「水が濁った。魚、逃げた」
赤いカッパさん達が、教えてくれます。胡瓜を食べながら。
そうか、川の工事が本格的に始まる前から、もう影響は出ていたんだ。
「だから、上流に上がって来たわけか。でもさ、いくら隣の県だって言っても、同じ山なに住んでるんだからさ、緑のカッパの存在ぐらいは知ってたんだろ? 違う山に行こうとは思わなかったの?」
夏虎君は3本目の胡瓜を食べながら、隣に座っている赤いカッパさんに聞きます。
「カッパの引っ越し、難しい。近くに住める山、あまりない」
「そっか。じゃぁ、庄左エ門達はこれからどうすんの? 負けたから、ここは赤いカッパのテリトリーになるんだろ? 新しい場所を探して、引っ越し? それとも、もっと上流に行く?」
赤いカッパさんの返答を聞いた夏虎君は納得して、今お度は庄左エ門君に聞きました。そうなんです。庄左エ門君、負けちゃったんです。
気合の声なのか、叫び声なのか分からない庄左エ門君のひと際大きな声が響いた瞬間、勝負が決まりました。庄左エ門君が赤いカッパさんを下から持ち上げたんですけれど、そのまま横や後ろに倒すことが出来なくて、自分が押し倒されちゃいました。その時、下にあった尖った岩で、庄左エ門君の右の脹脛がざっくり切れてしまいました。
「上流、カッパの縄張りじゃない。神様の棲むところ」
「オレ達負けた。違う川、探す」
「ごめん、オイラが負けたから…」
縄張りをかけてお相撲の勝負をした場合、負けた方はその川に二度と立ち入ってはいけないようで… カッパさん達の掟は、けっこう厳しいです。今は、皆一緒に、仲良く胡瓜を食べているのになぁ。
庄左エ門君はションボリして、胡瓜を食べる手がとまっちゃいました。でも、作用部が決まった時、負けたからと言って、仲間のカッパさん達は、誰一人と庄左エ門君を責めませんでした。それどころか、「よくやった!」「頑張った!」 て、庄左エ門君を慰めて褒めていました。
「本当は、妖怪の掟に人間が手を貸すのはいけない事なんだろうけれど、今回の原因は人間が作った事だから…」
梅吉兄さんが、申し訳なさそうに言い出しました。
「実は、下の工事している会社、うちの身内の会社でした。なので、止めてもらいました」
その一言に、皆驚いて、胡瓜を食べる手が止まりました。
「完全な原状回復は難しいだろし、時間がかかるけれど、出来るだけ戻します。そうすれば、庄左エ門君のグループが、そっちに移るのはどうだろう? それまで、間借りさせてあげては… くれないかな? ダメかな?」
梅吉兄さんは苦笑いしながら、カッパさん達を順番に見ていきます。
「人間、なんでそこまでする? 人間、カッパに関係ない」
全身が皺皺で、くすんだ緑のカッパさんが聞きました。
「自然は残した方がいいし、これも何かの『縁』でしょう。
庄左エ門君は仲間の為に、俺達に助けを求めてきました。それも他人任せではなく、自分の力で助けたいからと。だから、力を貸せることは何でもやってあげたいと、俺達も思うんです」
「梅…」
庄左エ門君のつぶらな瞳から、ポロっと涙が零れました。
「工事、無くなったは、本当か? もう、無いのか?」
全身が皺皺で、くすんだ赤いカッパさんが聞きました。
「本当です。万が一、工事が再開したら、俺とこの2人の尻子玉を差し上げますよ」
「「え?!」」
梅吉兄さんの言葉に、冬龍君と夏虎君がお口をパクパクさせながら、お尻を押さえました。
皺皺の赤いカッパさんと皺皺の緑のカッパさんは、梅吉兄さんの言葉を聞いて、何やらモソモソと言葉を交わしました。
「わかった。人間、お前の言う通りにする。赤のカッパ、緑のカッパと少しだけ、住む」
皺皺の赤いカッパさんがそう言うと、両方のカッパさん達はワッ!! と喜んで、胡瓜を片手に踊り始めました。
「赤いカッパ達、嫌じゃないのかな? 少しの間とはいっても、勝ったのに、縄張り全部使えないのに」
「単純に、心根が優しいんじゃないかな? 県は違うとはいっても、同じ山に棲むカッパ同士なんだから、何かしら思う所はあるんじゃないの?」
一緒に踊りだそうとする庄左エ門君を捕まえて、「傷に響くから大人しく」と言い付けながら、冬龍君は夏虎君に答えました。
「そっか。良いヤツらだな、赤いカッパ達」
夏虎君は、踊るカッパさん達を見ながら、満足げに笑いました。
「緑のカッパさん達も、良いカッパさん達だよね」
庄左エ門君が負けちゃっても、誰も責めなかったんですもん。
「そうだね。 庄左エ門君が皆の為に頑張った気持ち、分かるよ」
冬龍君は私の言葉に大きく頷くと、優しく微笑んで、庄左エ門君の肩にポンポンと手を置きました。
「よッしゃ! オレも入れて!」
夏虎君は残っていた胡瓜を一気に食べきると、踊るカッパさん達の中に入って踊り出しました。その踊りは小一時間続いて、中にはお相撲まで始まったりと、随分と賑やかでした。
「夏虎、冬龍、梅、和桜ちゃん、ありがとう」
私達が帰る時、庄左エ門君がポロポロ泣きながら、握手をしてくれました。庄左エ門君だけじゃなく、赤いカッパさん達も緑のカッパさん達も、皆でお見送りをしてくれました。
帰りは獣道じゃなくて、川に沿って下ることにしました。皆で踊ったりお相撲を取ったりしていたので、もうすぐ夕暮れ時になっちゃうからです。下山途中には完全に夜になるだろうからと、獣道を戻ることはやめになりました。
登った時とは全く違った景色に、最初は周りをキョロキョロ見ながら歩いていたんですけれど、あまり変わりのない景色に飽きたのか、夏虎君が茂みの方へと逸れ始めました。
「夏虎、そろそろ日が暮れ始めるから、あまり放れないで」
歩きながら、ナップザックからロープを取り出す冬龍君。きっと、自分と夏虎君をロープで結ぼうとしているんです。中学生の遠足でやっていたのを、3回は見ていますもん。
「… 梅兄、冬龍、誰かが見ている」
最初は、縛られると思って止まったのかと思ったんですけれど、そうじゃなかったみたいです。夏虎君は茂みの奥の方をじ… と見つめています。そのお顔は少し強張っていました。少し先を歩いていた秋君が、いつの間にか私の前に来て仁王立ちしています。
「若いの、すぐ日が暮れる。この山は夜歩くには厳しい。ワシの家に一泊させてやろう」
その声はとてもガラガラとしていて、お爺さんかお婆さんか分かりませんでした。ただ、少しずつ、声が近づいて来ました。
「女子も居るのだから、無理はしないほうがいい」
そして、茂みの奥から出てきたのは、薄い着物姿で腰が大きく曲がった、白髪頭をボサボサに伸ばした老人でした。




