32・サボテンの干物じゃないんです
32・サボテンの干物じゃないんです
それはそれは、とっても鮮やかなポンチョがトレードマークの妖精さん達です。横に細長くて青い瞳で、縦に長細いお顔のサボテンさんは、柱サボテンの妖精『エスピーナ』さん。つぶらな黄色い瞳で、真ん丸なお顔のサボテンさんは、月影丸の妖精『レドンド』さん。二人とも、最初に見た時は、普通のサボテンさんのお顔だったんですけれど…
「病気、なんですか?」
週末の放課後、温室の様子を見に来た私の視界に飛び込んできたのは、干物の様に干からびた妖精さん達でした。温室の出入り口に一番近い場所に植えられている柱サボテンの根元に、干からびて顔色も真っ黒なエスピーナさんがぐったりと寄りかかっていて、その横には、やっぱり干からびて顔色の悪いレドンドさんが寄り添うように寝ていました。
「うん、病気。ここの植物、嵐の雨や風にやられちゃったのが最初だけれど、生き残ったのは、病気に侵されて、少しづつ枯れていったの」
二人をそっと手の平に乗せると、フルフル震えているのが分かりました。
「でも、この前見た時はそんな感じはなかったのに」
寝ぼけていたから? それにしても、違い過ぎるよね。
「水が…」
エスピーナさんはそう言うと、小さなお口をパクパクさせて動かなくなっちゃいました。
水? お水が欲しいの? でも、サボテンさんはあまりお水をあげちゃダメって、修二伯父さんが言っていた気がするんだよね? じゃあ、どうすれば… そうだよ、修二伯父さんが居ないなら、冬龍君が居る!
「… 大変! 冬龍君、冬龍君!!」
私は二人をそのまま両手で包み込んで、慌てて温室を飛び出しました。
放課後の校庭近くは、部活や委員会、帰る生徒で賑わっています。そこを合わせた両手を突き出して、生徒の間を縫うように走って行きます。目指すのは冬龍君が居るはずの弓道場。
「ナオちゃん、何を急いでいるニャ?」
そんな私に、いつから付いて来ていたのか、ケット・シーちゃんが声をかけて来ました。私の足元を猫ちゃんらしく四本足で走っています。
「あのね、サボテンの妖精さんが干物で… 冬龍君に…」
私、走るのは苦手なんです。走りながらのお喋りは、もっと苦手。映画の主人公って、凄いな~って、いつも思うもん。
「サボテンの干物ニャ? 美味しいのかニャ?」
サボテンって、食べていいんだっけ? じゃない、じゃない、今はそうじゃないよ~。
「冬龍君なら…」
今は冬龍君に、この妖精さん達を早く診てもらわなきゃ。
「トウリュウ君を探しているニャか? なら、屋上のプールに居たニャよ」
「プール?」
遅いながらにも、走って勢いがついていた足は素直に止まってくれなくて、トントントン… と、靴底がコンクリートに小さくリバウンドをしながら止まってくれました。思わず、妖精さん達を包んだ手を握りそうになっちゃって、慌てて手を胸元まで引き寄せました。
「そうニャ。プール」
ケット・シーちゃんが、お空を指さします。
今日は、弓道部で練習してから温室に来るって言っていたから、てっきり弓道場に居るかと思っていたのに。プールになんのご用だろう? この前、ランチした時にマーメイドさんが居たけれど、それに関係するのかな?
「ナオちゃん、プールに行ってみるニャか?」
あ、そうだった。今は考えていないで、体を動かさなきゃダメだよね。
「うん、ありがとう、ケット・シーちゃん」
「んじゃ、オイラは温室で昼寝して待っているニャよ」
「ケット・シーちゃんは行かないの? プール」
方向転換をして、武道館の上にあるプールに向かおうとしたら、ケット・シーちゃんは私にクルンと背中を向けました。
「オイラ、猫ニャのよ。猫は、水が苦手ニャのね。ポカポカの温室で、お昼寝が良いニャ」
そう言って、ケット・シーちゃんは軽い足取りで温室の方に歩き出しました。
「そっか、ケット・シーちゃんは猫だから、お水嫌いなんだね。… 水」
ハッとして、手の中の妖精さんをそっと確認して、プールに向かって走り出しました。
プールは第二武道場の屋上です。弓道場のある第一武道場の隣なので、最初の目的よりもう少し頑張って走らなきゃ。
そうは思っていても、そろそろ限界かも~。息が上がって上がって、とっても苦しい。この状態で四階まで階段で上がるのは… ダメダメ、そんな弱気じゃダメだよ和桜。妖精さん達の方が、苦しいんだから。
なんとか第二武道場までたどり着くと、今度は四階分の階段です。しかも、踊り場付きの階段なので、長く感じるんですよね。
もう、心臓がバクバクしてる… 気持ち悪いかもぉ…
「… え? 来てないですか?」
それでも何とか四階まで駆け上がって、たまたま更衣室に入ろうとした水泳部の男の先輩を引き留めました。プールサイドに居るかもしれない冬龍君を「呼んでもらえますか?」て、お願いしたんです。けれど、プールサイドにも更衣室にもいなかったようです。
「白川、弓道部じゃないの? 今日は、全学年の顔合わせがあるって、俺のクラスの弓道部の奴が言ってたし」
全学年の顔合わせ? そう言えば今朝、そんな事を言っていたような気がする。お姉ちゃん達とお弁当作っていた時だったかな? お姉ちゃんとのお話が楽しくて、冬龍君と夏虎君に言われた事、完全に忘れてた。
「そんなに急いでいるなら、俺も一緒に探してあげようか? 汗、凄いよ」
先輩が冬龍君を呼びに行ってくれている間に、だいぶ呼吸は落ち着いたんだけれど、ダラダラ流れてくる汗はなかなか引いてくれないんですよね。髪の毛がお顔や首にペタペタくっついて、それでも合わせた両手には妖精さんが入っているから、汗を拭くこともできなくて、ちょっと気持ち悪いです。
「何持っているの? 両手が塞がっていて拭けないなら、俺が拭いてあげようか?」
水泳部の先輩がポケットから出したハンカチで、私のお顔を拭いてくれようとした時でした。
「先輩、御心つかい、ありがとうございます。けれど、お忙しい先輩のお手を煩わせることもありませんので。失礼いたします」
私の真後ろから弓道衣姿の冬龍君がスッと私の両肩を掴んで、私の体をスッと後ろに下げました。そして、私と先輩の間に入った冬龍君は流れるような一礼をして、私の肩を抱きかかえるようにクルっと先輩に背中を向けて、歩き出します。その一連の動きがあまりにもスムーズで、私の目は点になっていて、されるがままでした。
「和桜ちゃん、どうしてプールに来たの?」
ゆっくり階段を降りながら、冬龍君に聞かれました。大きな手は、まだ確りと私の肩を掴んでいます。
「弓道場だと思っていたんだけれど、ケット・シーちゃんがプールに居たよって教えてくれたから」
顔合わせを忘れていたことは、言わなくていいよね? 最初に弓道場に行こうと思っていたのは、本当だもんね。
「ケット・シーは悪戯好きらしいから、からかわれたんだよ。こんなに汗をかくほど走って、僕を探していたの?」
踊り場で足を止めると、冬龍君は溜息をつきながら私を見ました。そして、弓道衣の懐から手拭いを取り出して、私のお顔や首回りを拭いてくれました。サラッとした手拭いの感触が気持ちいいです。
「… あ、ごめんね。まだ使ってない手拭いだったけれど、入れてた場所が悪かったよね。汗くさ…」
やっぱり、弓道衣姿の冬龍君はカッコいいなぁ~。弓を引く時の、キリっ!とした視線とか、凛とした全身の雰囲気とか、とっても素敵だもんね。
なんて、走った疲れと冬龍君に会えた安心感で、ボーと冬龍君を見つめていたら、冬龍君がまた汗臭いって。
「くないよ。冬龍君は、汗臭くないよ。今なら、私の方が汗臭いよ。だって、下着までベタベタしてるぐらい、汗かいてるんだもん!」
「下着って…。 それより、何かあったの?」
冬龍君は、軽く咳払いをして、ずっと合わせたままの私の両手を指さしました。
そうだった! 冬龍君と会えて、ホッとしている場合じゃなかったんだった。
「大変なの! どうすれば助けてあげられるかな?」
ようやく、手を開くことができた。私の小さな手の上で、色鮮やかなポンチョに身を包んだサボテンの妖精さんが二人、カラカラの干物の様に横たわっています。
「これは…?」
そうだよね、シオシオでカラカラだから、分からないよね。
怪訝な表情で妖精さん達を観察する冬龍君。
「温室のサボテンの妖精さん達。 病気なんだって」
「とりあえず、温室に戻ろうか。弓道場によってね」
私の開いた手を取って妖精さん達の上に蓋をすると、手を掴んだまま歩き出しました。そのペースはゆっくりで、疲れていた私の足にはとっても助かりました。




