28・ちょっと、変?
28・ちょっと、変?
『もし迷惑でなかったら、ここを生き返らせるのを手伝って欲しいのです』
園芸部の片桐先輩は仮入部した冬龍君と私に、そうお願いしました。
『ここ』とは、学校の温室の事です。体育館と同じぐらいの大きさで、出入り口が中等部側と高等部側の両方にあります。数年前までは、四季折々、色とりどりのお花が咲き乱れていて、お花の終わった鉢物が次に咲く時までの休憩室にもなっていたそうです。
「デッサン?」
玄関ポーチに小さな折り畳みの椅子を持ち出して、立てた両足でスケッチブックを支えて唸っていた私に、帰宅した梅吉兄さんが声をかけて来ました。
「あ、お帰りなさい」
声をかけられるまで、全然気がつかなかった。
「この状況下で、凄い集中力だね。桜雨ちゃんみたい」
私の目の前では、ライトアップされたお庭を目一杯使って、冬龍君と夏虎君がカッパの庄左エ門君にお相撲のお稽古をつけています。
学校から帰って来た時点ですでに薄暗くなっていたけれど、今はライトがあっても皆のお顔がハッキリとは見えません。小さいから庄左エ門君、大きくて髪が長いから夏虎君、大きくて動きが少ないから冬龍君。て感じに、区別はつきます。私の周りは玄関のライトがあったから、ここまで暗くなっている事に気が付きませんでした。
庄左エ門君達の声も聞こえてなかったや。
「園芸部の片桐先輩が、学校の温室をリフォームしたいから、どんな感じがいいのか絵を描いて来てって言われて」
お家の中で考えるより、お花が沢山あるお庭の方がいいかな? と思って。
「お花の事を考えるなら、お店の方がイメージ沸くんじゃない? いいわよ、お店で描いても」
て、美和さんは言ってくれたのだけれど、地面から生えているイメージが欲しかったから、お庭にしました。
「ああ~、あの温室か。数年前の台風が原因で、中の植物が殆どダメになっちゃったんだよね。校舎や体育館とかも被害を受けてそっちを最優先に修繕したから、予算的に厳しくなっちゃったんだよね、温室の修繕が」
そう言いながら、梅吉兄さんはスマートフォンを取り出して、いじり始めました。
「タイミングが良かったのか悪かったのか、当時の園芸部員達は消極的な生徒ばかりだったし、顧問もいるんだかいないんだか分からないような先生だったからね。結局、壊れたガラスの壁を直しただけで、あとは手つかず。
あった、これこれ」
梅吉兄さんのスマートフォンが、私の目線まで下がってきました。画面には、お花に囲まれた芝生の上で、制服姿の8人と、スーツ姿の2人、ジャージ姿の1人の集合写真が表示されています。
あ、これ、桜雨お姉ちゃん達だ。
「うわぁ~、梅吉兄さん達わか~い。でも、桜雨お姉ちゃんも、桃華お姉ちゃんも、今とあまり変わらないなぁ~」
「俺達は、カッコいいオジサンになって来たでしょ?」
梅吉兄さんは、得意気にウィンク。
「笠原先生もあまり変わらないけれど、三鷹さんは渋くなった感じ。梅吉兄さんは確かにカッコイイオジサンだね。ファンクラブ出来るわけだよね」
そうなんです。先生達、クセはあるけれど性格も外見も良いし、授業も分かりやすくて生徒に人気があるんです。中等部と高等部と、それぞれファンクラブがあって、抜け駆けは禁止になっているんだけれど、楓ちゃんみたいに私とお友達になって、先生達に近づこうとする子もいて… あ、それは冬龍君と夏虎君のファンクラブの子達もそうだった。とにかく、5人は人気があるんです。
「恋する乙女は可愛らしいし、美しいよ。青春だね~」
ふ~ん。そういうものなんだ。
「この写真、温室で撮ったの?」
梅吉兄さんは、集合写真以外も見せてくれました。ほとんどが桃華お姉ちゃんと桜雨お姉ちゃんがメインだけれど、周りの植物の様子は分かります。
「あ、そうそう。この時の園芸部員と園芸委員会は積極的だったんだ」
写真の中の植物は、どれもこれも青々としていて、とっても元気そうです。
「第2武道場の3階には、50メートの開閉式室内プールがあるだろう?水泳部が使っているやつ。秋からは温水プールになって、その熱の一部を温室に回していたんだ。温水プールが稼働していない時は、科学部が独自に作った太陽光発電システムが大活躍。
幾つかのテーブル席や、広めの芝スペースもあったんだよ」
あの温室、そんなに凄かったんだ。今は少しのサボテンと中央に芝のスペースがあるだけの温かい場所だもんね。
「元に戻すには、時間とお金がかかるよね?」
でも、中等部の時、冬の時期に温室ランチした時は寒くなかった気がするなぁ?厚着してたからかな?
「科学部の太陽光発電システムは、すぐに復活したよ。復活したどころか、改良されるたびに試作と称して新しいのが取り付けられているから、温室としての機能は大丈夫だよ。太陽光発電、あんまりにも優秀だから、台風被害前から、温水プールの熱は使ってなかったんだ」
「科学部さん達、凄いんだね~」
同じ学生とは思えないなぁ~。
「和桜ちゃん、そろそろ中に入ろうか?」
梅吉兄さんのスマートフォンの写真を眺めていたら、少しだけ息の上がった冬龍君が目の前にいました。冬龍君も夏虎君も、学校から帰って来てすぐにお稽古を始めたから、学ランを脱いだだけのワイシャツ姿です。もちろん、右手には素振り用の竹刀が一本。
「さすがに、エネルギー切れ」
「オイラ、腹ペコ」
夏虎君と庄左エ門君も、お腹を摩りながら私の正面まで来ました。
「お姉ちゃん達が、美味しいご飯作ってくれているから、たくさん食べようね」
真っ白なままのスケッチブックを閉じて、折り畳みの椅子から立ち上がると、冬龍君が一歩後ずさりました。
「あ、その、汗臭いから…」
ちょっとだけビックリしたのが、お顔に出ていたみたいです。冬龍君が少しだけ慌てて、少しだけ恥ずかしそうに俯いて、もう一歩下がりました。
「汗の匂い? ぜんぜん臭くないよ?」
クンクン、て強くお鼻で息を吸い込んでも、臭くないです。いつもの運動後の冬龍君の匂いです。
「和桜ちゃん、鼻を効かそうとしないで」
冬龍君はさらにもう一歩下がろうとして、後ろの夏虎君にぶつかりました。
「なぁ~に今更。どんだけ一緒に居ると思ってんのさ。「汗の匂いが恥ずかしい~」なんて馬鹿な事言ってないでさ、早くご飯食べよう」
呆れた夏虎君は、汗で透けたワイシャツの前ボタンを全開にして、裾をバタバタ仰ぎながら私の横を通って玄関のドアを開けました。途端に、ご飯の良い香りが流れ出て来てお腹の虫を刺激します。
「オイラ、ご飯食べる」
その後ろを付いて行く庄左エ門君は、半分閉じた目と半分開いたくちばしからヨダレをたらして、腰を曲げて両腕をブランと下げて… 疲労の色が濃く出ています。
「庄左エ門君、お皿の水!」
そんな庄左エ門君のお皿の水が、だいぶ少なくなっていたみたいです。梅吉兄さんは慌てて庄左エ門君を小脇に抱えて家の中に入って行きました。どたどたどた~と、階段を駆け上がる音が聞こえます。
「冬龍君がサッカークラブに入っていた時から、近くにいるんだよ?汗の匂いなんて今更だし、臭いなんて思った事ないよ。
さ、私達も、お家に入ろう」
ニコって笑いながら言うと、冬龍君は小さなため息をついて頷きました。
でも、本当に汗臭さを気にするなんて、今更なんですよね。汗をかいて土と埃でドロドロになった冬龍君なんか、もう何十回どころか何百回と見ているし触っているし、むしろ一緒になって私もドロドロな時もあったのに。
キッチンに繋がる階段を上がりながら、そんな事を思っていたら、ふっ… と、冬龍君に前に言われた事を思い出しました。
『和桜ちゃんがミエルちゃんを大切なお友達と思っている以上に、僕は和桜ちゃんを大切に思っている事を覚えておいてね』
この時もそうだったけれど… 最近の冬龍君、ちょっと変?
「和桜ちゃ~ん、冬龍―! 先に風呂入れって!!」
さらにグルグルと考え込みそうになった時、階段を昇ってすぐのドアの向こうから、夏虎君の声が飛び出してきて私の考えを「お風呂」」に書き換えちゃいました。




