2・赤い宝石を運ぶのはダンゴムシ?!
2・赤い宝石を運ぶのはダンゴムシ?!
もうすぐお日様が沈み始める時間。中庭の四分の一をカーペットのように覆っている5月の芝桜は、その小さな花弁のピンク色がさらに色濃くなっています。そんな芝桜の端っこから、虫メガネを片手に花を傷つけない様に細心の注意をはらって… 物探し中です。
「ナオ、もっと下じゃない? そこの左は?」
中腰で芝桜をそっと… そ~ぉっとかき分けている私の頭に座って指示をだしているのは、ランチタイムにお友達になったミエルちゃん。
「ミエルちゃん、鍵って、どんな鍵?」
ミエルちゃんのお願いは、落としちゃった鍵を探して! でした。
私が午後の授業を受けている間、ミエルちゃんも頑張って探したみたいなんだけれど、1個も見つからなかったみたいです。見つからなくてガッカリして、疲れちゃって、今は私の頭の上で捜査指揮をとっています。
「金の輪っかに、5個付いていたの。
それぞれ、ルビー、エメラルド、トパーズ、ダイヤモンド、翡翠で出来ているから、光が当たればキラキラしてすぐわかると思ったんだけど、なかなか見つからなくって」
「宝石で出来た鍵なの? 凄いね!」
「でも、私が使えるサイズの鍵なんだから、ナオたちにしてみたら、大きさはしれてるわよ」
「そっか! そうだよね。ミエルちゃんサイズの鍵だもんね」
中庭の芝桜は20センチちょっと位。ミエルちゃんにとっては等身の倍だけれど、私にとっては低いもの。名前通り『芝』みたいに茎があちこちに向かって伸びているから、ミエルちゃんにとってはジャングルに入ったようなものだよね。で、そんな所にミエルちゃんより小さい鍵が落ちたんだから、こんな上から見ても、見つからないよね。
それに気がついて、私は地面に頬と虫メガネの下を付けて、なるべく、出来るだけ、下から上を覗くようにしました。少し湿った土の感触。独特の匂いに、微かに混ざっている芝桜の香りを楽しみながら、虫眼鏡で大きくなったアリンコや黄色味を帯びた白いダンゴムシを横目に、茎や花の付け根を…
「わっ! ダンゴムシ!」
白くて半円形のダンゴムシが細い足をチマチマ動かしているのを認識した瞬間、勢いよく上半身をおこしました。
「キャ!」
「あ、ごめんね、ミエルちゃん」
あまりの勢いに、頭の上のミエルちゃんを何処かに飛ばしちゃうところだった〜。
「白川さん、そんな格好してどうしたの?」
「探し物?」
渡り廊下を通っていた女子生徒に声をかけられて、一瞬何て言おうか戸惑ったけれど、右手に持っていた虫メガネを軽く振りながら答えました。
「植物の発育調査をしているの。芝桜に害虫がついていて、ビックリしちゃった」
「白川さん、園芸部に入ったの? 虫は嫌だよね〜」
「気をつけてね〜」
『虫』って聞いたら、大抵は逃げちゃうんだよね。私に声をかけてくれた子たちも、そそくさ〜と行っちゃった。
「ナオ、ダンゴムシは害虫じゃないでしょう? 枯れ葉や昆虫の死骸を食べて土に帰してくれるじゃない。豊かな土を作るのに必要な虫でしょ? まぁ、私は遠くで見るだけでいいんだけど」
私の頭の上で体制を立て直したミエルちゃんが言いました。
「そうそう、ミミズと一緒で「分解者」なんだよね。でも、お野菜やお花の茎とかも食べちゃうんだよ。しかも、今は孵化の時期だから、これからワラワラ出てくるよ」
鍵、鍵、鍵・・・と、呟きながらキョロキョロしていたから、流しちゃうところだった。このままにしていたら、芝桜食べられちゃう。
「私が捜している時は居なかったわよ。芝桜の妖精達も居なかったけれど」
「色が白かったし、足も12本しかなかったし、小さかったから産まれたてだね。
芝桜の妖精さんか〜。見てみたいなぁ」
ミエルちゃんみたいに、可愛いのかな? 髪はピンク?
そんなことを想像しながら、私はスカートのポケットからスマートフォンを取り出して、LINEを打ち始めました。
「詳しいわね。ナオはダンゴムシ博士なの?」
「違うよ~。同い年の従兄弟達と、小学生の時に飼って観察してたの」
家族のグループLINEに書き込みながら、ミエルちゃんの質問に答えます。
「虫が怖くないなんて、男の子みたい。
芝桜の妖精はそのうち紹介してあげるから、今は鍵を探して! 暗くなっちゃう」
「あ、うん。そうだよね、ごめんね。でも、ちょっとだけ待ってね」
ミエルちゃんは慌てているんだけれど、芝桜も早期対処しておいたほうが良さそうかな。と思って、LINEを打ち終わったら、鞄から飴の缶を引っ張り出しました。中に入っていた個包装の飴を鞄の中に入れて…
「どうするの?」
空き缶を芝桜の横に置いた私に、ミエルちゃんが不思議そうに聞きます。
「このままだと芝桜が食べられちゃうかもしれないから、お引越ししてもらおうと思って」
「この空き缶に、全部入れるつもり? 何匹居るかも分からないのに?!」
虫メガネで赤ちゃんダンゴムシを探して、一匹づつ空き缶に入れている私に、ミエルちゃんは呆れた声。
「でも、このままじゃぁ芝桜が…」
「もう、しょうがないわね!」
ちょっと怒った声でそう言うと、ミエルちゃんは私の髪の毛を滑り台の様にシュルン! と滑り降りて私の目の前、虫メガネの手前に綺麗に着地しました。蜂蜜色の巻き毛がキラキラして、思わず見とれちゃった。
「特別なんだから!」
サッ! と、ミエルちゃんに虫メガネを向けると、ミエルちゃんはちょっとだけ高飛車に言いながら、制服のどこからかピストルみたいなモノを取り出して、地面に向かって
ポイン… ポイン… ポイン…
と、芝桜の少し中の方から等間隔に水滴を発射しながら、少しずつ渡り廊下の方へ。地面に落ちているそれはとっても小さくて、金色に輝いています。
何だろう? と虫メガネでジッと見ていたら、芝桜の中から生まれたばかりの白くて小さなダンゴムシの赤ちゃんが、ポツポツと出て来ました。そして、金色に輝く水滴を舐めながら進んで行きます。
「すごい… おびき出しているんだ!」
金色の水滴を追いかけるダンゴムシの赤ちゃんの列は、先頭の子から少しずつその姿が金色に染まり始めました。水滴の色に染まる赤ちゃん達… 他の虫や鳥に狙われなきゃいいんだけれど。
「あ、きっとお母さんだね」
最後に出てきたのは普通のダンゴムシ。背中に黄色い模様があるから、雌で間違いないね。そのダンゴムシは、赤ちゃんダンゴムシと一緒に金色の水滴を舐めながら追いかけて行くんだけれど…
「あ! 見つけた!!」
その背中に、節と節の間に赤く輝く小さなモノが挟まっているのを見つけました。虫メガネでよ~く見ながら、そっと… それだけを摘まむことなんて出来ません。やっぱり、一番手っ取り早いのは捕まえちゃうことだよね。
「お母さん、ちょっとゴメンね」
声をかけながら、ヒョイっと摘まみ上げようとしたら、さすがはダンゴムシ! クルンと綺麗にまんまるになりました。その瞬間、節に挟まっていた赤いモノがポロっと落っこちました。
「ミエルちゃん、見つけたよ~」
虫メガネでよく見ると、赤いモノは物語に出て来るようなアンティーク調の鍵!摘まむところは薔薇の形の透かし彫りで、とっても素敵な物で、私はその鍵と丸まったお母さんダンゴムシを左手に乗せて、ミエルちゃんを追いかけました。