16・青年の気持ち
16・青年の気持ち
「御神託よ、御神託。仕事していたら、鏡に巫女神様が映ったの。お客様には見えなかったみたいだけど、岩江と高橋はしっかり見ていたみたいで、快く上がらせてくれたわ」
女性にしたら低くて、男性にしたらちょっと高めの声で話しながら、慣れた手つきで軽自動車を運転するのは、年上のお友達のユウさんです。耳が隠れるぐらいの黒いショートカットに、切れ長の瞳とスクエアー型の眼鏡。長身細身で柔らかい物腰で、いつも優しくて、落ち着いた雰囲気を纏っている『オネエ』さんで理容室の店長の坂本さん。私達には「『ユウ』って呼んでちょうだい」って言われたので「ユウさん」て呼んでいます。
「修二さんに連絡したら、店の近くに来ていてこれから迎えに行くって言うから、車借りてきちゃった。巫女神様、あなた達が「汚れているぞ」って教えてくれたから、この車が一番ピッタリでしょう?」
校舎の影に立っていたのは、胡瓜が詰まった段ボール箱を携えたユウさんでした。お仕事中だったのに、お迎えに来てくれたんですね。
カッパさん達にユウさんが持ってきてくれた胡瓜を配っていると、ユウさんは私達の格好をマジマジと見つめながら膝から崩れ落ちました。ビショビショまではいかないけれど、全身そこそこに濡れている私は、スカートには泥跳ねが水玉模様のように付いているし、靴下とローファーは泥でグチャグチャ。冬龍君はワイシャツもズボンも元の色が分からないぐらいに真っ黒。夏虎君は上半身裸の袴姿。そして、私達は気が付かなかったんですけれど… 漂う生臭さ。
軽自動車の後は、花屋さんの配達仕様なので座席はありません。そこにパンツ1枚の格好で冬龍君と夏虎君が座らせられました。私は、助手席です。冬龍君が教室に置いていたジャージを貸してくれたので、お着替えしました。面白い程、ブカブカです。
「二人とも、風邪ひかないでよ~」
窓の外は真っ暗で、車の揺れが気持ちよくって、車に乗るときに冬龍君がくれた缶のホットコーヒーが温かくって、ウトウトしちゃいます。瞼が落ちて来ちゃった。
「ユウさん、ここ、なんか青臭いよ?」
「貴方達が臭いのよ」
「カッパって、川に棲んでるから生臭いの? 相撲してる時は生臭さより、肌がヌルヌルしてて、掴みにくかったんだよな。って、違う違う。俺達の匂いじゃなくってさ、生臭いんじゃなくって青臭い」
「当たり前じゃない。胡瓜5箱も載せて来たんだもの。後で、2丁目の桑崎のおじいちゃんにお礼言うのよ。自家菜園で生っていた胡瓜、全部くれたんだから」
「5箱?! 1箱でよかったんじゃない?」
「巫女神様が「ケチるでないぞ。沢山持って行け」って言ったのよ。この私に「ケチるな」よ? 胡瓜の1箱や2箱、ケチるわけ無いじゃないね~」
ユウさんと夏虎君の会話を夢心地で聞きながら、缶コーヒーの温かさが気持ちいいな。雨で、体が冷えちゃってたんだ。ありがとう、冬龍くん…
■
どのくらい眠っていたのか分からなかったけれど、窓ガラスに反射した光で目が覚めました。まだ、瞼はしっかり持ち上がらないけれど。
「で、いじけていたわけ?」
「いじけてなんか…」
ユウさんとお話ししているのは夏虎君… じゃなくて、冬龍君だ。とっても落ち込んでいる声。
「大丈夫よ。和桜ちゃんも夏虎君も寝ているわよ。それとも何? この私に言えないの?」
あ、このまま寝たふりしていた方が良さそう。
「… 今日の僕、かっこ悪い」
「相撲に負けたから? 普通、カッパと相撲とる機会なんて、そうそうあるものじゃないわよ。それに、和桜ちゃんは興奮して言っていたじゃない。
「冬龍君、とっても強かったです! カッパさん相手に少しも引かないで、逆にどんどん攻めていて!」
誉め言葉じゃないの? 和桜ちゃんの言葉を信じれば、十分カッコいいと思うわよ」
うん。カッパさんとお相撲とっていた冬龍君、とってもカッコよかった!
「でも、負けた。 夏虎は綺麗な一本背負いで勝ったよ」
そうだけれど…
「結果でしょう?」
「結果が全てとは思わないけれど、和桜ちゃんの前でだけは負けたくないよ。… 夏虎は勝ったし」
私の前で…
「いいわね~、若くって。
もうすぐ着くわよ。お姫様が目を覚ます前に、少しはまともな気分にしておきなさいよ。気づかれたら、それこそ気をつかわせちゃうわよ」
「うん。… ユウさん、聞いてくれてありがとう」
ユウさんの優しい声に、冬龍君は小さな声で返しました。それはいつもの頼もしい冬龍君とは違う感じで…
そんな声、私には聞かせてくれないよね? 冬龍君、今、どんなお顔しているの?私の見たことないお顔?
「どういたしまして」
ご機嫌な声のユウさんは、私のお膝を軽くポンポンと叩きました。思わずユウさんの方を見ると、眼鏡の奥の瞳が軽くウィンクしてきました。
あ… 寝たふりしていたの、分かっていたんだ。さすが、ユウさん。




