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13・マーメイドの誘惑と微笑む大ヤモリ


13・マーメイドの誘惑と微笑む大ヤモリ


 渡り廊下に立っていたのは、ローブで全身を隠してフードを深く被っている人でした。フードの影で、髪の毛や目元は分かりません。細い顎のラインと、薄い唇だけが見えました。


「私はフェイ。あなた方が言う所の『妖精』です」


 妖精… フードを取った姿を見たら、消えちゃうのかな?


「僕は白川(しらかわ)(とう)(りゅう)です」


(しら)(かわ)和桜(なお)です」


 (とう)(りゅう)君と私がペコっとお辞儀をすると、フェイさんは渡り廊下の縁を指さしました。


「ここから先は別の空間・聖域です。入ってはいけません」


 その指がスッと上がって、桜の樹を指さします。そこには、上を向いた大きなヤモリが居ました。なんで今まで気が付かなかったのかと思うぐらい大きいんです。中庭の半分ぐらいはあって、黑い髪の毛と、お顔の横から見えるのはお髭かな? 体は濡れたようにキラキラと虹色に輝いていて、その輝きは上で浮いている球体を輝かせている光源でした。


「あれが聖域の主『イピリア』。オーストラリアの先住民アポリジニのイングラ族が崇拝しているヤモリの精霊です。いつもは沼の底で眠っていますが、一年に一度だけ沼から這い出して草と水でお腹を満たします。お腹が満たされると、今度はお腹の中の物を一気に空に吹き上げ、それが雨雲となり、大地に大雨を降らし、雨季の到来となるのです」


 じゃぁ、上を向いているだけの今は、吐き終わった後なのかな? それとも、上の光景を見ているのかな? こんなに楽しそうで綺麗な光景、ずっと見ていたくなるよね。


 イピリアさんの視線を追いかけるように上を向くと、球体のさらに上に雨が落ちてきているのが見えました。ただ、その水滴は中庭の地面に落ちるのではなくて、球体に吸い込まれていました。


  あの球体は、雨で出来ていたんだ。


「もしかして、今年はもう梅雨に入ったということですか?」


「ここはオーストラリアではないようなので、もしかしたら… としか答えようがありませんね。ただ、イピリアの住む沼地は一種の聖域です。人間が足を踏み入れると乾期が終わらなくなると言われていますので、ここから先は踏み込まない方が賢明でしょう」


 なるほど… 動かなければ、怖いことはなさそう。


「あの… 聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


 優しそうなフェイさんに甘えて、私はさっきから気になっている事を聞いてみました。


「あの大きなお魚… 龍のお鼻と獣の様な前足がある大きなお魚、なんていうお名前なんですか?」


 姿はちょっと怖いけれど、一緒に泳いでいるお魚さん達を食べたりしていないから、優しいのかな?


「『マカラ』です。インドの河や湖に棲んでいる、今は幻となった怪物です。船を襲ったとの記録もありますから、決して温厚な性格ではありませんよ。本来なら、山程の大きさです」


 え~、じゃぁ、今はだいぶ縮んでるんだ。それとも遠近法で小さく見えているだけなのかな?


「カッパさんて、結構個性があるんですね」


 猫のお顔をした女の子や、背中に亀の甲羅を背負っていたり居なかったり、小さな男の子のだったり… 共通しているのは、頭にお皿が乗っている事。お皿があれば、『カッパさん』て、分かるもんね。


 女の子のカッパさん達、輪になってお話しているけど、女子会かな?


「それぞれ、生息地が違うのです。姿も微妙に違えば、呼び名も違うのですよ。

ここに集まった者は、本来なら決して(あいま)()えることのない者達です。けれど、突如空間の扉が開き、何かに呼ばれるかのようにここに集まりました」


 住むところが違うと、姿も違ってくるんだ。でも空間の扉だなんて、便利な道具みたい。


「実は、レーシーという精霊に『妖精の鍵が、悪戯をしている』と言われました。僕達はある妖精が落としてしまった鍵を探しているのですが、今回の事もその鍵が関係しているのでしょうか?」


 今度は(とう)(りゅう)君が聞きました。


「スラブの森に潜む精霊ですね。彼らは滅多な事では人間に教えることはないのですが… 随分と気に入られたようですね」


 あれだけ見事にナゾナゾを解いたからかな? 解いたのは、冬龍君だけれど。


「貴方が考えているように、妖精の鍵が原因でしょう。私達妖精や精霊にもテリトリーがあります。それを超える事によって、どんな影響があるのかは分かりませんが、あまりよくは無いでしょうね」


 フェイさんは軽く頭を振りました。


「なるべく早く見つけ出します」


「そうしてください。テリトリーを超えてしまう事で、私達が本来の性質を失わないとも限りませんので」


 マーメイドさん達が、それぞれの球体の上に座り始めました。白い体にまとわりついた金の髪を手で()きながら、赤や青にキラキラ光る尻尾で球体の水を弾きます。弾かれた小さな水滴は、花弁や小さなお魚を巻き込みながら、下の球体に吸い込まれたり、弾かれた水滴通しでくっついて新しい球体になったり。それを面白そうに見つめながら、マーメイドさん達が歌い出しました。


「わぁ… 素敵な歌声」


 日本語じゃないから、なんて歌っているのかは分からないけれど、気持ちがフワフワと軽くなって、まるで夢心地です。


「ナオ、聖域に入らないよう、気をつけてください」


 フェイさんの声も、フワフワした綿みたいに聞こえます。マーメイドさん達の歌声が、まるで「こっちに来て、一緒に歌いましょう」って、私を誘ってくれているみたい。


「パァーン!」


 マーメイドさんの所に行こうと足を動かそうとした瞬間、上の方から何かが弾けたような、乾いた音が響きました。それはとっても大きな音で、お耳がビリビリ痺れて、思わずしゃがみ込むほどです。


「危なかった… けれど、今のは何の音?」


ビリビリしているけれど、微かに冬龍君の焦った声が聞こえました。横を向くと、私と同じように両耳を押さえてしゃがみ込んでいます。


「中庭の者達が、貴方がたに興味を持ち始めましたね。そろそろ帰った方がいいでしょう」


 帰る? でも、まだ鍵を探していないよ。それに、レーシーさんみたいに、自分の国に持ち帰られちゃったら大変。


「鍵を…」


「うわぁー」


 耳を押さえながら立ち上がろうとした時でした。中庭から緑色の腕が三本ニュウ〜と出てきたかと思ったら、冬龍君の足首や(ふくら)(はぎ)を掴んで、一気に中庭へと引っ張りました。


「ああ!」


 フェイさんの悲鳴にも近い声と同時に、イピリアさんがこちらを向きました。大きなアクアマリンに輝く瞳に、縦長の濃いブルーサファイアの瞳孔。


 海だ…


 思わず見とれて、私は青く深い海の中にいるような感覚になりました。そんな私を見て、イピリアさんは口の端をニィーと持ち上げて、スッと消えてしまいました。


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