11・紅茶とお菓子と睡魔と雨
11・紅茶とお菓子と睡魔と雨
学校の正門を出た所にあるバス停から約40分。他の生徒達と一緒にバスに揺られて、お家に帰ります。最初は立っていることが多いけれど、半分も走るとお客さんは3分の1位になるので、高い確率で座れるんです。今日はいつもより早めに座れて、ラッキーでした。
「今夜の紅茶は、ウバにしようか?」
並んで座る時、冬龍君は私を窓際に座らせてくれます。今日も私が窓際です。
椅子に座った途端、体の怠さを感じました。冬龍君が言っていた通り、いつもより疲れているみたいです。そんな私に気が付いて、冬龍くんは優しく聞いてくれました。
「う~ん… 今はストレートより、ミルクティーの気分かな」
いつもだったら、ウバ茶のバラや鈴蘭のような香りや渋みや、濃いオレンジ色の水色を楽しみながら飲みたいからストレートが多いんです。けれど、今日は何だかミルクティーの気分。ウバ茶は味がしっかりしているから、ミルクティーにしても美味しいんですよね。
「やっぱりお疲れだね。じゃぁ、確り3分蒸らさないとね。オヤツはベイクドチーズケーキ? ナッツたっぷりのチョコレートブラウニー? オレンジのチョコマフィン? この時間だったら夕飯前に作れるから、食後のティータイムに十分間に合うよ」
う~ん… チーズケーキもブラウニーもチョコマフィンも、どれも捨てがたいよ~。だって、冬龍君が作ってくれるお菓子は、どれも美味しいんだもの。
茶葉が蒸らされていく香りも、大好き。少しずつ少しずつ、その茶葉がもつ香りが見えない熱気と一緒に上がって行くのが好きなんです。ウバ茶をミルクティーにするなら、蒸らし時間は3分。ワクワクの3分間なんです。
バスの揺れと冬龍君の優しい声が、眠気を誘います。冬龍君の腕に頭を支えてもらって、ウトウトしながら聞くその声は、ミルクチョコレートみたいに甘いんです。
どれぐらい冬龍君の腕を借りていたのか… 窓を叩く雨音で、目を覚ましました。いつから降り出したのか、そこそこの強さです。
「… もう、ついた?」
「後、バス停3つ。バス停で待っていれば、父さんが配達帰りに拾ってくれるって」
冬龍君は科学の教科書を読みながら、教えてくれました。冬龍君のお父さんは、お花屋さんをしていて、個人のお家やお店、会社への配達もしているんです。
「雨、久しぶりだね」
窓の外は雨雲のせいもあって暗くて、雨の勢いも手伝って視界が余り良くないみたいです。冬龍君の腕に寄りかかったまま、何か大切なことが、大変なことが起っているんじゃないかって、頭の片隅にあるのにそれが何かが分からなくて…
「梅雨入りにはもう少し日があるとは思うけれど、これから増える時期だね」
梅雨かぁ~。今年も紫陽花、綺麗に咲いてくれるかな? 赤い色もいいけれど… 赤… 赤…
「ミエルちゃんの鍵… 流されちゃう!」
思い出した! これだけ雨が降っていたら、中庭に落ちている鍵が流されちゃう!
慌てて降車ボタンを押して、カバンを掴んで立ち上がりました。
「和桜ちゃん、待って」
揺れるバスの中でドアに向かおうとしたら、冬龍君に腕をガシッと掴まれて、いつもの冷静な瞳で見つめられました。目尻の少し下がった焦げ茶色の瞳で。
「もう、7時になるよ。雨も酷いし疲れもあるから、今日は帰ろう」
「でも、いまでも大変なのに、もっと大変になっちゃう。もし見つからなかったら、ミエルちゃん…」
もし… もし、鍵が全部見つからなかったら、どうなるんだろう? ミエルちゃん、誰かに怒られたりしちゃうのかな?
「鍵を落としたのは気の毒だけれど、その原因を作ったのは和桜ちゃんじゃないでしょう? 和桜ちゃんは、好意で探してあげているだけでしょう? 昨日みたいに『花喰い』に襲われたらどうするの? 雨に濡れて体調を崩したらどうするの? 怪我をしたら? もし、和桜ちゃんに何かあったら、ミエルちゃんは『自分のせいで』と、罪悪感を抱くと思う」
「そう… ならない様に、気を付ける」
ううう… 耳が痛いよう。
「今までの経験から、数桜ちゃんの今の言葉を、僕がすんなり受け止めてこの手を放すと思う?」
思わないです。
「でも、ミエルちゃんはお友達で… お友達が困っているんだよ?」
お友達になったばかりだけれど、ミエルちゃんが困ったり泣いている姿は、見たくないんだよね。
冬龍君は大きなため息をついて、私の腕を掴んだまま立ち上がりました。
「もし、この後、和桜ちゃんに何かあってミエルちゃんが罪悪感を抱かなかったら、僕はどんな手を使ってでも鍵探しは辞めさせるからね。
和桜ちゃんがミエルちゃんを大切なお友達と思っている以上に、僕は和桜ちゃんを大切に思っている事を覚えておいてね」
怒るでもなく、呆れるでもなく… 冬龍君の口調は、いつもと変わっていませんでした。
バスが停まって、ドアが開きました。冬龍君はビックリしている私の手を引いて、一緒にバスを降りてくれました。そして、学ランを脱いで私の頭から掛けてくれると、タクシーを探しながら学校に向かって走り始めました。
私は鍵の事も心配だったけれど、冬龍君に言われた言葉が気になって、激しさを増していく雨は冷たいのに繋いでいる手がとっても熱くって、大きな手から目が放せませんでした。




