1・新しいお友達は玉子焼きに誘われて
皆さん始めまして。私の名前は『白川和桜』です。お姉ちゃんの白いセーラー服姿に憧れて、中高一貫校の白桜私立高校の普通科に通っている一年生です。成績は中の中。
ランチタイムは、仲良しの2人のお友達と一緒にお弁当を広げて過ごしています。けれど、たま~に、2人とも委員会での集まりで居ない日があります。そんな日は、季節のお花が満喫できる中庭の中央、桜の樹の下で1人のんびりと気ままなランチタイムです。学校生活が本格的に動き出した5月の中旬、この日も、そんな気ままなランチタイムでした。
■ 1・新しいお友達は玉子焼きに誘われて ■
「それが欲しいの」
不意に降って来たのは、とても幼い女の子の声。
「玉子焼き?」
大好きな玉子焼きを頬張ろうとした瞬間、頭の上から降って来た声に、箸と玉子焼きがピタッと止まっちゃいました。一口大に切った金色の玉子焼きを見つめたままで。
「ふ〜ん、『玉子焼き』て言うんだ」
食べずに答えた私に、さらに話しかけてくる声。目だけ上に向けても見えるのは茶色い前髪だけだし、そっと辺りを見渡しても、濃いピンク色のカーペットの様な芝桜や、太陽に向かってぐんぐん伸びてたくさんの蕾を付けている立葵等、初夏の花で賑わう中庭の景色と、渡り廊下を行き交う生徒の姿だけで、声の主と思える姿は見えないなぁ。
「うん、玉子焼き。私の玉子焼きは甘いけど、いいの?」
玉子焼き、食べたことないのかな?
「甘くない『玉子焼き』もあるの?」
口元に卵焼きを寄せたままでキョロキョロしている私に、その声は人懐っこく聞いてきます。
「あるよ。お砂糖の代わりに、お出汁をいれて焼いたものだよ」
あげてもいいんだけれど、アレルギーとか大丈夫かな?
「どっちが美味しい?」
「どっち••• う〜ん、そうだねぇ、これは好みの問題かな?
私の家族でも、『甘い派』と『出汁巻き派』に分かれているんだよ」
ほぼ毎日お弁当で、お弁当には玉子焼きが欠かせないから、毎日『甘い玉子焼き』と『だし巻き卵』の両方を焼いてくれるんだよね、お姉(従姉)ちゃんが。
「そうなんだ。じゃあ、今日は甘い玉子焼き食べるから、明日はその•••」
「だし巻き卵?」
「そうそう、それ。その、だし巻き卵を食べたい」
私は甘い玉子焼きが好きだから、明日は両方入れてもらおうかな?
「とりあえず•••」
流石にお箸を持つ手がプルプルし始めたとき、卵焼きの上に何かが落ちてきました。
「この甘い玉子焼き、頂きま~す」
何処からか落ちてきた『それ』は、玉子焼きと同じぐらいのサイズで白くて丸くて、小刻みに震えていて、まるで玉子焼きの上に大きめの白玉がポテっと乗っかって、その衝撃でプルプル震えているみたい。
プルプルプルプル… そんな様子を5分ほど見ていたら
「美味しい~!!」
白玉みたいな『それ』が、ガバッと玉子焼きの上に起き上がって私の方を向きました。
丸くて白いお顔にサクランボみたいな唇と、つぶらな桜色の瞳。ツインテールにした蜂蜜色の巻き毛に、小さな赤い色のリボン。襟や袖に細い朱色の3本のセーラーテープの入った、膝下の白いセーラー服を着ていて、胸元に揺れている小さな小さなスカーフも朱色で…
「わぁ~、私と同じ制服。うちの学校、こんな小さな制服も作っていたんだ」
親指サイズの女の子は、私と同じ制服を着ていました。私が左手を差し出すと、その子はチョコンと手の平に移動してくれたので、ようやく右手を下げることが出来て、ホッと一息。
「白桜私立高等学校・桜組、ミエル・マヌカよ。よろしくね」
マシュマロのような頬っぺたに、小さな小さな玉子焼きのカスをくっつけて、『ミエル・マヌカ』はニコッと微笑んで私に手を差し出しました。
「貴女、中等部から上がって来た、1年A組の白川和桜でしょう?」
「あ… うん、はい。和桜です」
ミエルちゃんに言葉を取られてしまって、何だか間抜けな自己紹介になっちゃった。
私はその小さな手と握手がしたかったんだけれど、握ったら粉砕骨折させてしまうだろうと思って、チョンと指先で軽く触れるだけにしました。
「玉子焼きをくれたから、貴女は特別に、私の事を『ミエル』って呼んでいいわよ。特別よ、特別。私は貴女の事を親しみ込めて『ナオ』って呼ぶわね。
でね、私、ナオの事を知っていたの。ビックリした?」
うん、ビックリ。
「私、貴女の事を一目見て気に入ったのよ。一目惚れって言うのかしら?
まずね、そのフワフワした茶色い髪が大好き。中学生の時は長かったのに、肩まで切っちゃって残念だわ。でも、その長さも似合っていて可愛いとは思うの。ちょっと幼く見えるけれどね。でねでね、私の髪飾りのリボン、ナオのリボンを真似したのよ。同じ色でしょう?」
こんな可愛い子が、私に一目惚れしてくれたんだ。嬉しいな。
ミエルちゃんはツインテールの上にチョコンと乗っているリボンを、ニコニコしながら見せてくれます。
「あとね、その優しい垂れ目が気に入っているわ。大きいから、お顔から溢れそうになって垂れちゃったの? それとも、笑いすぎちゃった?」
なるほど〜。そんなふうに考えたことなかった。
「う〜ん、どうだろう? 楽しいことは沢山あるから、笑いすぎたのかも」
「目が垂れちゃうまで笑えるなんて、幸せね。
あとね、貴女の小さいくせによく動く体も好きよ。体育、成績いいものね。少し羨ましいわ」
ミエルちゃんは、両目の目尻を指で下に引っ張ったり、バスケかな?ドリブルやテニスのラケットを振るすマネ等、手振り身振りを加えて話してくれます。
それにしても、何て綺麗に巻かれた髪なんだろう!とってもツヤツヤで、本物の蜂蜜みたい。瞳も桜色だけれど、キラキラしていて宝石みたい。
「私は、もう少し身長が欲しいな。学年で一番低いから、私」
10㎝は望まないけれど、せめて後、5㎝は欲しいのが本心。
「それも知っているわ。私、ナオの事、たぁ~くさん知っているんだから。だから声をかけたの。じゃないと爺やに、『あれほどいつも言っているではないですか!見知らぬ人間に気軽に声をかけてはいけませんよ!と』て、唾を思いっきり飛ばしながら怒られちゃうもの。でも、普通の人間には私達の声や姿なんて見えやしないのにね。爺やは本当に心配性なんだから」
ミエルちゃんはきっと、お話しに出て来た『爺や』さんのマネをしていたのだと思う。意識的に声を低くして、少し曲げた腰に左手を当てて、右手はピンと伸ばして目の横でクイクイ上下させて… あ、もしかして爺やさんは眼鏡をかけているのかな?
「でね、早速なんだけれどお願いがあるのよ」
私の手の平でクルクル動きながらお話をするミエルちゃんに見入っていたら、小さな手を胸元でギュッと組んで、その小さなお顔をコテンと横に倒して可愛くお願いされました。




