第1章 悪女が起こす卑劣な陰謀。彼女は悪女から悪役令嬢になる。(加筆修正済)
バティスタとの決闘後、事件が起きます。
そこ黒幕である悪女から悪役令嬢へレベルアップしたメイソンが暗躍します。
しかしその裏では・・・。
※文章を修正しております。
セシリアの侍女が襲われたのは、キャルとバティスタの決闘の翌日のことであった。
侍女は主であるセシリアの命を受けて、王都にある香料専門店へ香水を受け取りに行く際、何者かに襲われた。
香水を購入し、帰り道に就く侍女の背後から短剣が投げつけられ、それが左肩に刺さったのだ。
侍女は悲鳴を上げる暇もなくその場に蹲まった。
突然のことに、通りを歩く通行人たちは、何が起こったかまったくわからなかった。
侍女はすぐに周囲にいた人々に助けられた。
結果、侍女は大怪我を負ったものの、命には別条はなかった。
これが、今回の事件の詳細であった。
騎士団長であるアチソンは、皇女たるセシリアの警護の主任責任者である。
騎士団長は役職上、王家の警護を請け負うことが主な職務になる。
今回の事件に関しては被害者がセシリアの侍女であったものの、今後を見据えると皇女たるセシリアの警備を強化しなければならない。
侍女とはいえ、セシリアの近習の一人である。
セシリアが狙われる可能性を、考慮しなければならない。
その場合、キャルが警備主任として一番の適任者であるのだが、セシリアとの関係性を考えると、彼を指名するのは忍びない。
バティスタも、キャルとの決闘後はセシリアと距離を置いているし、彼自身が自らの身を正すために、地方の騎士団支部への移動を望んでいるので、こちらも長期での任務は厳しい。
・・・さて、どうしたものか。
アチソンはセシリアの侍女が襲われた際に、現場に落ちていた短剣を見ながら頭を悩ませた。
結局、アチソンはキャルを呼び出すことにした。
バティスタも同様である。
「君たちの意見を聞きたい」
アチソンは、率直にキャルたちにセシリアの警備に関して意見を求めた。
「確かにセシリア様の警備の強化は必要です」
「私も同意見です」
キャルの言葉に、バティスタも続く。
すると、キャルが一つの疑問を呈する。
「ですが、気になることがあります。そもそも、侍女一人がなぜ襲われたのでしょうか?」
周囲の目があるにも関わらず、侍女は襲われた。
もし、通り魔的な犯行なら、無差別に周囲を襲っているはずである。
「私もそれを考えていた。君たちには、これを見てほしい」
アチソンは、二人の前に襲撃の際に使用された短剣をテーブルに置く。
「これは・・・」
キャルは、短剣を手にする。
短剣は全体的に細く、握りは通常のものよりも細い。
しかも、柄頭には細い穴が空いている。
「これは剣銃ではありませんか。どうして、こんなものが・・・」
キャルには見覚えがあった。
それは、数年前に遠征先の辺境の地での蛮族との戦いの中で遭遇した、射出式の短剣であった。
「知っているのか?」
バティスタが尋ねる。
「ああ。これは暗器の一つで、この短剣が矢のように飛び出す仕組みになっている。ここの部分がわかるかい?」
キャルは、柄頭を指差す。
「柄頭には細い穴があるだろう?」
「ああ」
「それを本体部分に差し込む。すると、本体の中がバネのようになっていて固定される。すると、そこに圧力を加わり、後は引き金を引くと差し込んだ短剣が飛び出す仕組みだよ」
「音はするのか?」
「いや、ほとんど発射音は聞こえない。弓のような弦の張る音ならわかるが、これはバネが大きくないので、音そのものは無音に近いんだ」
キャルも、剣銃を持つ蛮族と戦ったことがあったので、今でも記憶していた。
「そんなものがあるとは知らなかった」
バティスタが思わず唸る。
「これは、ある国でしか入手できない。いや、使用されていないものだ」
キャルは、アチソンに視線を向ける。
「その通りだ」
アチソンは頷く。
「それはどこですか?」
バティスタが尋ねると、アチソンは重い声で答える。
「ヘラス王国だ」
「ヘラスですか・・・」
思わず驚くバティスタ。
しかし、驚くのも無理はない。
ヘラス王国は、セシリアが嫁いだ同盟国であった。
誰もがその脳裏に、セシリアがこの一件に絡んでいるかもしれないと、その不安が襲う。
「先週、ヘラス王国はセシリア様の再婚を願い伺いを立ててきた。その後、襲撃が起こった。誰もが疑うのは当然だ。だが、証拠はない。君たちもセシリア様も疑いたくない。そうなると、キャル・・・お前の婚約が動機になる可能性が高くなるだろう」
「そうですね。私とガランスの婚姻をよく思わない者たちが、場当たり的な行為に及んだと考えてもおかしくはありません」
「・・・メイソン嬢は怪しいです」
バティスタは、容疑者としてメイソンの名を上げた。
今まではありえないことであったが、バティスタは騎士として素直に語る。
何より、この件に妹であるガランスが巻き込まれている可能性もある。
「メイソンとは、メイソン・レオナルディかな?」
「はい。彼女はセシリア様の取り巻きの中で狂信的な女性です。しかし、さすがにセシリア様に仕える侍女を襲うとは考えにくいのですが、怪しいとすれば彼女が第一の候補になります」
バティスタの印象としては、セシリアの侍女はただその場にいるだけの存在でしかなかった。
しかも、侍女はセシリアやバティスタたちの会話の内容を他人に話すこともなく、ただ職務を全うする真面目な女性であった。
「例えそうであれ、侍女が襲われたのは事実であり、セシリア様も襲われるかもしれない。だからこそ、キャルには明日からセシリア様の警備を任せたい」
アチソンとしては、苦渋の決断であった。
「承知しました」
しかし、キャルは素直に任務を承諾する。
そもそもキャルは、私情を挟むつもりはなかった。
王家と守るのは、騎士として当たり前のことである。
「バティスタは王都の探索をお願いしたい。特にメイソン嬢の周辺には注意して欲しい」
「わかりました」
バティスタも頷く。
「お前たちも気をつけろ。お前たちはセシリア様の近くにいたのだから、当事者として対応するように」
アチソンはキャルたちに忠告すると、彼らは頷いた。
「少し寄るところがある。ついてきてほしい」
キャルたちは騎士団長室を出ると、その足で交易ギルド<ルクス>へ向かった。
交易ギルドは交易上、他国の情報などが多く行き交う大切な情報の場であった。
キャルたちはそこで、剣銃に関しての情報を<ルクス>で仕入れようと考えていた。
<ルクス>のギルド長であるブレアこと、エドモンド・ブレア女史は、キャル達を迎えると応接室へ案内した。
彼女は、キャルが遠征先で知り合った者であった。
その後は、何度かの交流をしており、キャルは彼女から情報を入手していた。
「お久し振りですね、キャルライン・バーニー様」
ブレア女史は、キャルたちに挨拶をする。
「こちらの方は・・・確か、ドゥラーノ家の長子たるバティスタ様ですよね?」
「私の事をご存じなのですか?」
バティスタは、自分の名前を知っていたことに驚きを隠せなかった。
「もちろんですわ。これでも、交易ギルドの長をやっておりますので」
ブレア女史の情報網の豊かさに、キャルも感嘆するしかなかった。
キャルは、さっそく剣銃に関してブレア女史に尋ねる。
テーブルに、侍女を襲った短剣を置く。
「なるほど・・・剣銃、暗器の件ですか・・・」
ブレア女史は、本棚から武器図鑑を取り出した。
「我々も職業柄、自社で武器図鑑など作っております。それで・・・これは・・・確かにヘラス王国のものですね」
ブレア女史は、その短剣の形がヘラス王国で作られたものであることを認めた。
「そうなると、剣銃を扱えるのは、どの辺りの方になりますか?」
キャルは、この剣銃をダキア公国に持ち込んだ者がいるか、確認したかった。
「残念ながら、今のところその情報は入っておりません」
ブレアはすぐに否定する。
「では、密かに手に入れることは可能ですか?」
「ええ。貿易に関わる方々なら簡単でしょう」
「しかし、王都前では検問があります。そう簡単には王都内に入れられないと思いますが?」
バティスタが疑問を呈す。
「それは建前でしょうね」
ブレアはバティスタの考えを否定する。
「もし、騎士団の関係者がいらっしゃれば中に入れるのは容易かと思います」
「まさか!?」
バティスタが声を上擦らせると、前へ身を乗り出す。
「落ち着け、バティスタ」
キャルがバティスタを座らせる。
そして、ブレアに尋ねる。
「ブレア殿、ヘラス王国で剣銃を仕入れたとの情報がありましたね?」
「ええ。ございました」
空気を読んだキャルを見て、ブレアは微笑む。
「やはりか」と、キャルは知る。
ブレア女史は、情報を渡す代わりにその対価をキャルに求めている。
「ただ、それが誰かはまだわかっていないのですね?」
「はい。一週間後にはヘラス王国から追加の情報が来ると思いますわ」
「さすが、交易ギルドですね」
キャルが微笑む。
「ええ。我々にとって情報は金貨よりも大切な物ですので。この情報は幾らで買い取って頂けましょうか?」
「そうですね・・・では、私の妻になるガランスのウエディングドレスを発注する、素敵な絹があると嬉しいですね」
「まあ、そのような大切なことを私に任せて頂けるのですか?」
ブレア女史は、わざとらしく驚いてみせる。
「もちろんです」
「おい、キャル・・・」
バティスタは二人の会話についていけない。
「大丈夫だよ」
そう言うと、キャルはブレア女史に握手を求める。
「素晴らしいですわ。では、それで取引は成立と言うことで」
ブレア女史は微笑みながらキャルの手を握った。
「お前は凄いな」
バティスタは先程の行動に感心していた。
「お前も辺境の地に行けば、俺と同じように勉強しないといけなくなるぞ」
「そうだな。俺もお前のようにならないとな」
決闘の後のバティスタは、キャルの側にいることで彼から色々なものを吸収しようとしていた。
キャルと同じように辺境の地で修業をし、王都に戻って騎士として名を上げたい。
キャルだけでなく、自分の家族、特に妹のガランスに認めて欲しいと考えているからだった。
「大丈夫さ。まだまだ、時間はある。焦らず行こう」
「ああ」
バティスタは力強く頷いた。
翌日、バティスタは王都に不審者がいないか捜査を始めた。
その間にも、彼はブレア女史の元を訪れては、不審者の情報を共有する。
一方で、キャルはセシリアの警護に再びついた。
セシリアはキャルに「ええ」とだけ伝えると、その後はいつものように無言を貫いた。
彼女の取り巻きたちも無言であった。
メイソンも同様である。
それが逆に怪しいと感じるキャルであった。
セシリアの公務は、滞りなく行われていた。
その間に、不審者など影も形もなかった。
だからこそ、油断はならない。
キャルは、他の騎士たちに気を抜かないよう促した。
この事件の首謀者は、メイソンであった。
彼女はキャルを狙うために、共犯のローラント・ブストリッチと共に策を練った。
その第一歩が、セシリアの侍女を襲うことだった。
こうすることで、騎士団がキャルをセシリアの警護にすると考えていたのだが、結果としてメイソンの考えた通りになった。
騎士団としては当然、キャルをセシリアの警護に当てるだろうし、彼自身も私情を挟まずに警護を引き受ける。
セシリア自身もキャルに警護を望めば、アチソンも従うしかない。
結果、セシリアの要望もあり、キャルは彼女の警護をすることになった。
キャルが、絵にかいたような王家に忠義を誓う騎士だとメイソンは理解していた。
対象者が嫌いであるゆえの冷静な考えであった。
キャルは、セシリアの近くにいる。
そのことでキャルの命は狙えるし、キャルのいないところで、ガランスや彼の両親を襲うことも可能にできるのだ。
ただ、メイソンとしてはセシリアさえいれば良かった。
そのことだけしか、彼女の頭の中にはなかった。
一方で、ローラントはまったく違う考えを持っていた。
彼は美しきセシリアを手に入れたかった。
そのためにも、迷う事なくキャルを殺害したい。
しかし、キャルは強い。
おそらく、自分では敵わないだろう。
では、どうすれば良いか。
それは、キャルの弱い場所を狙えば良い。
自分には親の財力がある。
騎士階級(経済界)の有力商家の子息ならではの、卑劣な考えであった。
彼が、ヘラス王国から短銃を密輸するのは容易いことだった。
しかも、ローラントは騎士団の捜査が入っても良いように、門番に賄賂を渡す際に、メイソンが犯人だと思わせる証拠を残していた。
それは、メイソンが闇ギルドと契約をした書類だった。
これだけでも、メイソンは確実に破滅する。
ローラントには、その自信はあったのだ。
共犯であるメイソンを主犯として始末すれば、自分が犯人だと思われないだろう。
ローラントは、卑劣な男であった。
それぞれの思惑の中で、メイソンたちは次の手を打つ。
場所はセシリア主催の交流会。
そこで、彼女たちはキャルたちの予期せぬ事件を起こすのだった。
次回は、ガランスとメイソンの回です。
メイソンの暴挙を、ガランスを襲います。




