第1章 騎士として婚約者として馬上槍試合に挑みます。(加筆修正済)
キャルとバティスタは騎士の決闘として馬上槍試合で戦います。
<義兄>と言わせるか言わせないか、果たして結果は。
※文章を修正しております。
ダキア公国での馬上槍試合は、騎士の歴史上で伝統的な決闘方法であった。
それは騎士にとっては名誉なことであり、騎士である自分の技量を競う競技会の場でもあった。
ダキア公国で行われる馬上槍試合は、決闘者である2人の騎士が1対1で戦うものである。
まず、完全甲冑姿の決闘者たちが、騎馬が最大限まで加速できる距離で待機する。
また、彼らの前には境界線となる柵が並べられており、お互いの騎馬は外へ出ないように注意が払われている。
このような場所で、決闘者たちは決闘用の槍、つまりはランスをお互いに向ける。
このランスはすぐに壊れても良いように、柔らかい木の素材でできているので大きな怪我の心配はなかった。
そして、合図と共に両者はお互いに向けて馬を走らせて突撃する。
後は、ランスを使って相手を落馬させれば良い。
落馬しなかった場合、お互いのランスが壊れていない時は方向転換をして、柵を無視して場内で戦いを続けることになる。
ただし、どちらかのランスが壊れた場合は改めてやり直しとなる。
これを繰り返すことで、槍合わせを3本行って2本勝ち取った者が試合の勝者となる。
キャルが、これまでにバティスタと馬上槍試合で槍合わせをしたことは数度あった。
すべてにおいて、キャルが勝利をしていた。
しかしながら、今回は過去の経験はあまり当てにはできないとキャルは思う。
バティスタが今まで負けてばかりの馬上槍試合を決闘に選ぶということは、そこに騎士として戦う自信があると考えるべきであった。
・・・あの突きは速い。
キャルは、バティスタが繰り出したランスの突きを思い出す。
バティスタがランスから繰り出す突きは、他の騎士の中で一番速く一番重みがあった。
彼と戦うたびに、その突きが洗練されていくのを覚えていた。
それが唯一、キャルの印象として残っていた。
キャルとバティスタの馬上槍試合は三日後、場所は騎士団の本部にある訓練所で行われることになった。
そこなら馬を自由に走らせたり、境界線となる柵も作りやすく、キャルとバティスタのどちらかが落馬して吹き飛ばされたりしても障害物に当たることのない広さが確保できる。
また、騎士団長であるアチソンとしては、キャルやバティスタの怪我を最小限に抑えておきたいと同時に、キャルを中傷した騎士たちに彼の強さを改めて教える機会にしたかった。
アチソン自身も、キャルの誹謗中傷を防ぐことができなかった責任を感じていた。
だからこそ、今回の試合で自分への戒めを己に刻み込もうとしていた。
キャルとバティスタは試合に備えて、自分の屋敷で準備を始めた。
それぞれの家宰が、甲冑やランスの点検を行っている。
キャルもバティスタも妥協ないよう自ら甲冑を纏い、愛馬に乗って屋敷の庭や近くの道を走った。
二日目に入ると、キャルたちはランスを持って標的に攻撃を仕掛ける練習を始める。
そうすることで、相手への距離感などを計ることができた。
このような準備の中で、キャルの元に彼の婚約者となったガランスが訪れた。
彼女は、キャルのために小さな御守りを作っていた。
「これは私が作った御守り」
ガランスがキャルに渡す。
キャルはその御守りを、手のひらで優しく包み込んだ。
「兄上はお変わりになったわ。試合の準備が進むたびに昔のような優しい笑顔が戻っているの」
「それは良かった」
キャルも昔のように、バティスタが純粋な気持ちに戻ってくれるだけでも嬉しかった。
最初の頃のように、お互いが騎士としての強さを求めて競い合った時を思い出させてくれる。
「キャル」
「うん?」
「試合に勝ったら、兄上のことを<義兄>と呼ぶ覚悟はできてる?」
「ああ」
キャルは、もちろん試合で勝つつもりでいる。
そのためにも、ガランスの兄たるバティスタを倒した後は彼を<義兄殿>と呼ぶつもりだ。
・・・バティスタは嫌がるだろうな。
バティスタはきっと妹を取られただけでなく、キャルが親族となることに永遠に耐えなければならない。
だが、キャルは妥協するつもりは毛頭ない。
それくらいはバティスタは我慢すべきであり、悪い噂を流した罰になるとキャルは思っている。
一方で、バティスタは通常よりも重いランスを持って騎乗と突きの訓練を繰り返していた。
彼は、キャルに<義兄>と呼ばせるつもりはなかった。
・・・あいつに<義兄>と言われると恥ずかしい。
いや、これまで自分がセシリアに誘導されて、キャルの悪い噂を流したことが一番恥ずかしかった。
だからこそ、この決闘でキャルに正々堂々と戦って勝とう。
・・・キャルに勝って、<義兄>と呼ばせない。
その後は、キャルとガランスに謝罪して二人の婚姻を認めて王都を出よう。
自分への罰としてセシリアの元から離れて、辺境の地で鍛え直す。
それが、バティスタの最高の望みであった。
馬上槍試合の日となった。
キャルは家宰たちを連れて、控え室で準備を始めていた。
キャルの近くにはガランスもいる。
まず、甲冑やランスに問題はなかった。
愛馬も元気であった。
気の利く家宰たちは、準備の際に何者かの妨害を受けないように細心の注意を払っていた。
愛馬の水や食べ物。
キャルの食事。
甲冑とランス。
などなど、必要なものに毒など盛られないように気をつけていた。
キャルとしても、セシリアやその取り巻きたちの妨害が気掛かりではあった。
「キャル様、会場にお忍びでセシリア様がいらっしゃいます」
家宰の一人が訓練所の周囲を様子見していたのだが、そこにセシリアがいたのだ。
バティスタではない誰かが、彼女に伝えたのだろうか。
「メイソン嬢はいたかい?」
キャルの脳裏には、すぐにメイソンの名が浮かんだ。
「いえ。セシリア様と専属の侍女と執事のみでした」
「そうか」
だが、セシリアが来たと言うことは、騎士団の中にも彼女の信仰者がいるのだろう。
また、キャルとしては、一番の信仰者であるメイソンがいないことが、少し不安に感じた。
ただ、それを気にしていても仕方がないことであり、バティスタとの試合に集中すべきだと心を切り替える。
キャルが兜をつける前、ガランスが彼の額の汗をハンカチで拭う。
「ガランス、まだ時間がある。バティスタに会わないのかい?」
だが、ガランスは首を横に振る。
「私はあなたの妻になる者です。兄であろうと伴侶として、あなたの無事を願うのみです」
ガランスも覚悟している。
例え親族であろうと、今はキャルの元にいなければならない。
「強いね」
「私も覚悟を決めているから」
ガランスが微笑む。
二人がしばらく見つめ合っていると、入場の合図の笛が鳴った。
キャルはガランスを抱き締める。
「では、行ってきます」
キャルは愛馬と共に、ゆっくりと決闘の場へ足を踏み入れた。
訓練場に入ると、目の前に同じようにバティスタも現れた。
互いに甲冑姿で表情は伺えないが、バティスタの手に持つランスに震えは見られない。
・・・バティスタは騎士に戻った。
それを改めて知ったキャルは嬉しかった。
これで心置きなく戦えると。
ランスを握る彼の手に、自然と力が入り込んだ。
お互いの馬が、スタート地点に移動する。
馬が加速して駆け抜けるには程よい距離感である。
キャルもバティスタも、ランスを上に構える。
後は合図の赤い旗が下りれば、試合が始まる。
スターターの騎士が、赤い旗を上げた。
「・・・さて、楽しもうじゃないか」
キャルが呟くと同時に、スターターが旗を下ろした。
試合が始まった。
キャルは愛馬を走らせると、ランスをバティスタへ向ける。
馬は一気に加速していく。
それは、バティスタも同じであった。
キャルの愛馬とバティスタの距離が縮まり、彼は相手のランスの突き出る距離に近づく。
先に仕掛けたのはバティスタであった。
彼のランスがキャルの胸元へ襲い掛かる。
その瞬間、キャルはバティスタの突きが速いことに気付いた。
・・・躱せない!!
キャルはランスに向けて甲冑を逆に前に出しながら、ランスをバティスタの脇腹へ押し込んだ。
バティスタのランスがキャルの甲冑に当たると同時に彼のランスが割れた。
それは、キャルが咄嗟に反応した結果だった。
キャルは甲冑を着た上半身を先に出すことで、スピードの乗る前にバティスタの突きの勢いを減らすことにした。
その結果、バティスタの突きの勢いが弱くなり、キャルは落馬することはなかった。
一方で、キャルのランスが十分なスピードに乗っていたので、ランスはバティスタの腹部を捉えた。
その打撃の強さは、バティスタを落馬させるのに十分なものであった。
バティスタはキャルのランスを受けて落馬した。
それは、一瞬の判断の結果であった。
「勝者、キャルライン!!」
スターターが勝者を告げる。
・・・まずは1本。
キャルは方向転換をすると落馬したバティスタを見る。
バティスタは冷静でいた。
彼はすぐに愛馬に乗り、スタート位置へ戻る。
・・・バティスタは冷静だ。
キャルはそれだけで嬉しかった。
2本目。
スターターの合図と共に、二人は一気に駆け出した。
今度はキャルが仕掛ける。
キャルのランスがバティスタの喉元へ向かう。
そこにしか、隙が見られなかったからだ。
しかし、バティスタのランスが先にキャルのランスを持つ右手を殴打する。
これでは、キャルはランスを繰り出すことができない。
・・・やられた!!
キャルはランスを持ったままその勢いで落馬した。
「勝者、バティスタ!!」
スターターが勝者の名を呼んだ。
ガランスは、観客席でキャルたちの決闘を無言で見守っていた。
目の前で繰り広げられる戦いに不安などなかった。
婚約者たるキャルや、兄であるバティスタが騎士として正々堂々と戦っている。
その姿は、幼い頃から青年期までに見たガランスが憧れた姿を思い出させてくれた。
バティスタが2本目に勝利した時、彼女の心の中で兄にも勝って欲しいと思い始めていた。
だが、その想いはすぐに消す。
・・・私はキャルの伴侶になる者。
そう思いながら、ガランスはお忍びで試合を見ているセシリアを見る。
セシリアは、相変わらず無表情のまま試合を見ている。
・・・皇女様は何を考えていらっしゃるの?
キャルを好いているのなら、皇女であっても感情を露にしても良いのではと思う。
すると、セシリアがガランスの視線に気付いたのか彼女に顔を向ける。
一瞬だが、セシリアは目を見開いたように見えたが、彼女はすぐにキャルたちに視線を戻した。
その様子に、ガランスはそれ以上はセシリアに対して何も思うことができなかった。
3本目。
これが、最後の槍合わせとなる。
1本目はキャルが制した。
2本目はバティスタが制した。
残りはこの3本目のみ。
・・・これが最後の槍合わせ。
それは、キャルとバティスタも理解していた。
お互い向き合いながら、ランスを向け合う。
キャルが、ランスを握る手が強くなる。
近くには、ガランスの姿がある。
彼女は両手を顔の前に握り締めたまま、キャルを静かに見つめている。
キャルは、ガランスに向けて頷くと、彼女は微笑み返してくれる。
それだけでも、キャルの心を落ちつかせてくれる。
・・・負けない。君のために必ず勝つよ。
スターターの騎士が旗を下げた。
キャルとバティスタが駆け出す。
今度は、バティスタが仕掛けた。
バティスタの秘策である。
彼はこれまでのキャルとの戦いの中で、自分から先手を取るのは止めていた。
最初の頃は、キャルに無駄に対抗心を出したため、先手必勝で戦っていたのだが、そのたびにキャルに読まれて負けてしまう。
結果として、キャルの攻撃に対して受け身が増えてしまっていた。
どうしても、キャルの攻撃に対して慎重になってしまうのだ。
だが、バティスタはそれを逆手に取ったのである。
おそらく、何度も自分と戦ったキャルは、今度も三回目と言うこともあり、慎重になった自分が受け身に回ると考えるだろう。
そこに隙が生まれるはずだと。
バティスタのランスが突き出しながら、キャルの喉元へ向かう。
彼のランスが上昇の軌道を描く。
それは、彼の人生の中で繰り出すことができた、最高の突きの攻撃であった。
・・・もらった。
キャルの反応が鈍ったとバティスタは思った。
だが、キャルは瞬時に首を下げてランスを避ける。
バティスタのランスが、キャルの後頭部に掠る。
だが、キャルの体の軸はぶれない。
・・・躱された。
バティスタは驚く。
馬上で顔を下に下げる行為ほど、怪我をする確率を高めるものはない。
それは、視線が下がると相手の位置などを見定めることができなくなるからだ。
攻撃にしても、守備にしても然りである。
だが、キャルはあえてその行為を犯した。
キャルは、バティスタの心理の裏をかいたのだ。
キャルは、視線をバティスタに向けながら、今度は自分のランスを突き出す。
バティスタの喉元へ、ランスを向ける。
キャルのランスが、動揺するバティスタの喉元を捉えた。
キャルのランスは、見事にバティスタの兜を吹き飛ばした。
騎乗していたバティスタの体は、その勢いに負けて宙に浮くとそのまま馬から落ちた。
「勝者、キャルライン!!」
スターターの大声が響き渡る。
見学した騎士団の誰もが、感嘆の声を上げる。
「二人とも素晴らしいぞ」
アチソンも拍手を送る。
一方、ガランスは安堵した。
・・・良かった。
二人とも大怪我を負っていないようで、ガランスは安心した。
ガランスとしては、二人とも大切な人たちである。
誰も傷ついて欲しくなかった。
それに、妹であるガランスの目から見ても、兄であるバティスタが元の姿に戻ったと感じていた。
「あとは、兄上がキャルのことを義兄と受け入れてくれるかどうかね」
ガランスは二人のことを想像すると、思わず笑みを浮かべた。
その時、瞳に涙が溢れているのに彼女は気付いた。
こうして、キャルとバティスタの馬上槍試合は終わった。
キャルの勝利だった。
試合後、キャルは愛馬から降りると倒れているバティスタに歩み寄る。
バティスタは、地面に寝そべりながら大声で叫んだ。
「負けた!負けた!」
バティスタは大声で叫びながら笑う。
「お前に、<義兄>と言われるのは癪だが言わせてやるよ」
「それはありがたい。<義兄>殿」
キャルはわざと言ってみる。
「さっそく嫌味かよ・・・」
バティスタが苦笑する。
「今回は勝てると思ったんだけどな・・・」
「いや、お前の突きは俺よりも速かった。今回はお前が勝ってもおかしくはなかった」
「・・・経験の差か・・・」
バティスタはため息をつく中、キャルは彼に手を差し伸べた。
「次回は勝たせてもらうぞ」
そう言うとバティスタはキャルの手を握った。
二人は観客席にいるガランスへ視線を向ける。
観客席にいるガランスも二人の姿を見ながら涙を流していた。
二人の決闘は王都で話題となった。
この馬上槍試合は、名勝負として駆け巡ったのだ。
そして、その効果は絶大であった。
キャルの悪い噂を一気に消し去るほどの評判を呼んだ。
そればかりかバティスタの評判が良く、「妹思いの兄が伴侶となるキャルを見極めるために決闘を挑んだ」と噂されるほどだった。
さらに、キャルに決闘を申し込んでいた者たちは、彼の強さを改めて認識したため、その強さにより恐怖することになった。
こうして、キャルとガランスの婚姻が良い方向へ進もうとしていた時、唐突に事件が起こった。
セシリアの側に仕える侍女が何者かに襲われたのだ。
次回は悪女メイソンが動きます。




