第1章 兄妹喧嘩の後、彼は新しい婚約を申し込みます(加筆修正済)
今回は恋愛の回です。
※文章を修正しております。
伝達に来た部下に案内されて、現場に駆け付けたキャルだったが、タイミングの悪いところに遭遇してしまった。
それはバティスタが、ガランスに平手打ちをした瞬間?だった。
その光景は、二人の周囲にいた人々も唖然とさせた。
なにより騎士である者が、女性に暴力を働いたのだ。
いくら兄妹とはいえ、許されることではない。
周囲は一瞬にして、バティスタの行為を冷ややかな態度で見ていた。
・・・よろしくないな。
キャルはすぐに二人に近寄る。
「やめろ」
キャルはガランスを守ろうと、彼女の前に出る。
「どけ、キャル!」
バティスタが、キャルの体を突き飛ばそうとする。
だが、キャルはバティスタと犇めき合いながらも、ガランスをかばい続ける。
「これは俺たち兄妹の問題だ」
「事情はどうであれ、場所を考えろ」
キャルは、バティスタの前で辺りに目を配る。
バティスタも自身の周囲の様子を確認すると、自分の立場をすぐに理解する。
誰もが冷ややかな目で、自分を見ているのをバティスタはすぐに感じ取った。
「ちっ!」
舌打ちをするバティスタは、何も言わずにその場から離れた。
「大丈夫かい?」
キャルはバティスタに叩かれた、ガランスの右頬の状態を確認する。
右頬は少し充血はしているが、大丈夫そうだった。
「ええ」
「一体、何があったんだ?」
キャルが尋ねると、ガランスはその場で起こったことを話し始めた。
彼女が言うには、王城で子爵令嬢のメイソンと会ったのが事の発端だった。
メイソンはガランスのことを、キャル同様に嫌っており会うたびに嫌味を言うことが多かった。
そんな彼女が、ガランスに兄バティスタの話をした。
「ご存じかしら?あなたのお兄様はセシリア様のために元婚約者様の悪い噂を流してくれたの」
ガランスにとって、その話は信じられないものだった。
まさか、兄がキャルの悪い噂を流していたとは・・・。
怒りを覚えたガランスは、感情に任せて騎士団の本部へと乗り込んだ。
そこでバティスタに、メイソンの話が本当かどうか問い詰めたのだが、結果としてそれが口論となったのだ。
「セシリア様に頼まれて、キャルの悪い噂を流したのは兄上ですか?」
その問いに、バティスタは動揺を隠し切れなかった。
「・・・誰が、誰がそんなことを言った?キャルラインか?」
「違います。メイソン嬢です」
「メイソンだと・・・」
バティスタは、否定することができなかった。
妹であるガランスの兄の様子を見て、それが真実だと知った。
その後は、ガランスはバティスタに罵詈雑言を浴びせた。
彼女としては、兄の行為は許せないものだった。
ガランスは直情的なところがあり、許せないことは許せないとはっきりと言う性格の持ち主だった。
だが、ガランスの責めにバティスタは我慢できず平手打ちをしてしまった。
これが事の真相だった。
「キャル、ここは任せろ」
「頼む」
キャルは、アークライトにすべてを任せることにした。
「とにかく、ここを出よう」
キャルとしては、周囲の好奇の目に晒されるガランスのためにもこの場から離れたかった。
そして、キャルはガランスを連れて街へ出た。
少しばかり歩いてから、二人は大通りの片隅にあるカフェに入る。
店員にレモン入りの水と、冷えたタオルを注文する。
「これを」
そして、キャルはタオルをガランスの頬に当てた。
「ありがとう」
冷えたタオルのおかげで、ガランスの心が落ち着いたところで、キャルは彼女に話しかける。
「ガランス、今日は屋敷に戻る?」
その問いかけに、ガランスは首を横に振った。
「まぁ、そうなるよね・・・」
どうみてもガランスが屋敷に戻れば、彼女はバティスタと口論するだろう。
その過程で、ガランスはまた暴力を振るわれるかもしれない。
「知り合いのところに泊まらせてもらうわ」
ガランスは力なく呟いた。
「兄妹喧嘩なんてよくあることだし・・・」
ガランスがキャルに向けて優しく微笑む。
「まだ、頬は痛い?」
「うん。でも、大丈夫よ。痛みも引いてきたわ」
「それは良かったよ」
「助けてくれてありがとう」
「いや、俺も君に感謝してる」
キャルも微笑み返す。
事情を聴けば、自分にも責任があるとキャルは思っていた。
なにより、自分のためにガランスが兄であるバティスタを怒ってくれたのだ。
彼女には感謝しかない。
「ありがとう」
「ば、ばか・・・」
まさか、キャルから感謝されるとは思わなかったガランスが、恥ずかしさのあまり頬を赤らめる。
そして、ガランスは久々にキャルに異性として好意を抱いていることを自覚した。
・・・だから、兄上に怒りをぶつけることができたのかも。
「どうしたの?」
「あ、ごめんなさい」
ガランスはそう言うと、キャルに微笑み返した。
しばらく、二人はカフェで寛いだ。
キャルもガランスも、今は誰とも顔を合わせたくなかった。
二人の話の内容は、ガランスの婚姻の話に移っていた。
「親が早く結婚しなさいって」
ガランスはため息をつく。
ガランスもすでに婚姻ができる年齢だった。
ただ、彼女はなかなか相手に恵まれないでいた。
その原因はただ一つだけだった。
「どうせ、私の背が高いのが原因だしね」
ガランスの言葉に、キャルも苦笑するしかない。
実はガランスは女性の中でもかなり背が高い方であった。
男性の身長に見合うほどの高さであったため、敬遠されてしまうことが多かった。
相手としては自分と同じくらいの高さがよく、それ以上の高さの女性を横にするのは嫌がられてしまう。
自分の外見が貧弱に見えるのを良しとしないからだ。
そのため、ガランスへの男性の申し込みは皆無と言ってよい状態だった。
実際、キャルと並ぶとキャルとほぼ同じ高さの身長だった。
キャルはまったく気にはしていないが、ガランス自身は幼い頃から気にしており、それがコンプレックスになっていた。
「本当、どこかにいい人いないかな・・・」
そう言うとガランスはレモン入りの水を一口含んだ。
少しだけ酸味が効いているが、喉を優しく潤してくれる。
「ねえ、ガランス」
「うん?」
「私と婚約しないか?」
キャルが呟いた瞬間、ガランスが口に含んでいたレモン入りの水を一気に飲み込んだ。
「な、何を言ってるの?」
ガランスが動揺しながらあたふたしている。
その姿はいつもの強気な彼女ではなく、まるで小動物のような可愛らしさだった。
「私じゃダメかな?」
「どうしてそんなことを言うの?」
「ガランスが昔から私に好意を抱いているのは知ってる」
「えっ?」
「鈍感な私でもさすがに気付くよ」
キャルは軽く身を乗り出すと、バティスタに叩かれた頬に優しく触れる。
すでに、もう片方の頬も紅潮している。
キャルは、幼い頃からガランスと一緒にいることが多かった。
騎士の家柄に生まれた二人は、よく剣術ごっこをしたり、森の中を探索したりした。
その時、いつも恥ずかしそうに後ろで服を掴んだり手を繋いだりした、ガランスの姿をキャルはしっかりと覚えていた。
騎士団に入っても、王都に戻るたびに彼女と一緒にカフェで話したりしていた。
その時の彼女の様子から自分に好意を抱いていることに自然とキャルは気付いていた。
セシリアとの婚約以降は、お互いに世間体を気にして距離を置いていたが、ガランスの好意は変わらなかった。
「どうかな?」
「でも・・・」
「いつものガランスらしくないね」
「だって・・・兄上のことが・・・」
キャルの心情を考えると、自分の兄が行った行為は許されるはずもない。
「大丈夫、私はバティスタのことは気にしていないよ」
「・・・本当に私でいいの?」
「ああ」
「私、あなたと同じ背の高さがあるわ」
「そんなの気にしない。わかっているだろう?」
しばらく、二人は見つめ合う。
ガランスの脳裏には兄のバティスタだけでなく、皇女たるセシリアの姿が浮かんでいた。
だが、これまでの兄やセシリアを見て許せない自分がいることを知る。
・・・私、やはりキャルが好きなんだ。
自分の想いを再確認したガランスは席から立つと、キャルの前で淑女の礼を執る。
「私、ガランス・ドゥラーノはキャルライン・バーニー様との婚約を謹んでお受け致します」
次回、キャルの婚約を知った皇女様が動きます。




