第三章 ダキア公国の騎士は隣国の皇子に怒りを向ける。
前の話の続きです。
ハーシェルは胸元から束ねられた髪を取り出した。
「見ろ、これが証拠だ!」
そう言い終えると、ハーシェルは髪の束をキャルの前に投げ捨てた。
キャルは無言のまま、その髪の束を拾い上げる。
「今日、私の手の者がこれを届けてくれたのだ!」
どうだ、と言わんばかりにハーシェルが語る。
「キャル」
すでにキャルの周りには、セシリアを守っていたアチソンやバティスタ、ジョナスがいる。
イルディコー王やメルヴィスも傍にいる。
彼らもガランスのものと思われる髪の束を見つめている。
誰もがガランスが殺されたのかどうか、理解できずにいた。
「どうなのだ?」
アチソンがそれが本物がどうか尋ねる。
だが、キャルは無言のままであった。
「あいつが、あいつがそんなに簡単にやられるはずない」
バティスタもその髪の束が妹のものだと思いたくないようであった。
「信じたくないであろう。だが、これも事実だ」
ハーシェルの言葉に、キャル以外の皆が憎しみの目を向ける。
「セシリア様!!」
ハーシェルがそんな彼らを無視し、セシリアの方へ身を乗り出した。
「セシリア様、やりましたよ!あなたのもっとも気に障る女を僕は殺しました!これで僕の愛を認めてくれますよね!あなたへの愛を!」
ハーシェルの言葉に、先に手を出したのはバティスタであった。
右頬を殴られたハーシェルは、その圧力に負けて地面に倒れ込んだ。
「よくも妹を!!」
「落ち着け、バティスタ!」
アチソンがすぐにバティスタを止める。
いくら身内を手にかけた者とはいえ、ハーシェルはヘラス王国の王子である。
両国の関係性を考えれば、立場上、手を出してはいけない相手であった。
「しかし!!」
「わかっている。だが、我慢するんだ」
アチソンの言葉に、バティスタも動きを止めた。
彼もアチソンの意図を理解した。
すると、どこからか手を叩く音が聞こえた。
それが思いもよらぬ所からであった。
キャルたちがそこに目を向けると、セシリアが拍手をしていた。
誰もが信じられなかった。
この状況で、セシリアは美しい笑みを浮かべながらハーシェルに拍手を送っている。
彼女の周囲にいる兵士たちも唖然としている。
「見ろ、セシリア様は私に感謝されている!どうだ、最高ではないか!」
その瞬間、キャルはランスを掴むと、ハーシェルに躊躇うことなく向ける。
「大丈夫ですよ!!」
聞き覚えのない声であった。
そして、ハーシェルの後頭部の前でキャルのランスが止まる。
「えっ?」
後ろからの風圧に気付いたハーシェルが振り返ると、そこにはキャルのランスの槍先が突き付けられていた。
「ひ、ひぃ」
自分を殺そうとしたと知ったハーシェルは腰を抜かした。
「そうです、そうです、殺してはいけませんよ」
キャルは声の方に目を向けた。
そこには旅姿の二人組がいた。
「クーリエではないか」
イルディコー王は二人組の一人が、自分の配下の者であると気付いた。
「お久し振りでございます」
クーリエはその場で膝を突き頭を垂れる。
「この者をご存じなのですか?」
アチソンが尋ねる。
「ああ、私の命でキャルライン・バーニー殿を監視させて頂いた密偵だ」
「私をですか?」
「申し訳ない。そなたがどのような騎士であるか知りたかったものでな」
イルディコー王は続ける。
「そなた、その後はどこにいたのだ?報告を受けてから連絡がなかったから心配していたのだぞ?」
「申し訳ございません。個人的に思うことがあり、そのままダキア公国に残っておりました」
クーリエはキャルの前に歩み寄る。
「キャルライン・バーニー殿、ガランス殿は生きておられますよ」
クーリエの言葉に皆が驚く。
キャルもバティスタに目を向けると、彼も「生きているのか」と呟くのみであった。
「・・・本当なのですか?」
キャルの問い掛けにクーリエを頷くと、後ろにいる人物に目を向ける。
その者はその場で帽子とマフラーを外した。
「・・・ガランス」
そこには男装姿のガランスが確かにいた。
キャルは何が起こっているか理解できず、その場で動けないままでいた。
「ガランスなのか?」
バティスタがガランスに近付く。
「兄様も信じていないようですが、ほら、ちゃんと足もあるでしょ?」
ガランスが微笑む。
「でも、髪が・・・髪が短くなっている」
キャルはガランスの長い髪がなくなっていることに気付いた。
キャルはガランスが結婚式のために、髪を伸ばしていたことを知っていた。
だが、彼女はその髪を肩のところまで切っていた。
「それはハーシェル様をだますために使わせて頂きました」
クーリエは髪の束を拾い上げるとキャルに渡す。
「結婚式の前にこのようなことをして申し訳ございません。これもガランス様を救うためと理解して頂きたい」
ガランスが髪を切った理由に気付いたキャルは頷くと、その髪の束を受け取った。
「そんな・・・私はその髪の束を受け取りガランス・ドゥラーノを殺したと報告を受けたぞ」
ハーシェルはガランスの顔を知らない。
そのため、その事実を受け入れることができないでいた。
「王子、その報告は私がしましたよ、覚えておりませんか?」
クーリエは首を傾げる。
「お前がだと・・・」
「王子、私は密偵です。変装や声を変えることは得意なのですよ」
クーリエの声が別人へと変わる。
「その声は・・・」
さらに、ハーシェルはクーリエの顔を見る。
そして、ようやく報告を届けにきた男がクーリエだとハーシェルは気付いた。
「そんな・・・」
ハーシェルはガックリと項垂れた。
「何故だ、何故そのようなことになっているのだ・・・」
「それは私がガランス様を助けたからですよ」
クーリエはガランスの身に起こったことを話し出した。
次回はガランスとクーリエの回です。




