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聖夜の賛美歌 愛ゆえの戦争
美輪さんが亡くなったのは残念ではある。が、思想化としては共感できない部分も多い。
宗教戦争というものは、愛があるから戦う。それは開放であり、指導である。
プーチンは、「開放」と言った。
トランプは、指導者を殺害し、新たな「指導」をもたらそうとした。
抑圧された人々の救済。つまり「愛」こそが戦争の大儀である。
美輪さんの言う「愛」と宗教者の言う「愛」は別物だろう。
なら、動物はどうだ。雄の争いは「雌への愛」によるものだ。
愛というのは、対象物に興味を持つことである。しかしその興味は、正しくない思い込みによって、暴力による環境の変化をもたらす。対話や説得だけで済まないから、力による強制的変化にでる。
興味がなければ、争いは起きない。宗教的指導というのは、視野を狭くする。自己中心的解釈を要求する。大抵、相手が幸せになるということは、あなたに興味がなくなることを意味する。それを愛が冷めたというなら、愛というのは、固執であり不満である。




