黄昏や 監督の迷いが 作品の迷い
細田作品のピークは「サマーウォーズ」だったな。新しい世界観と、新しい描写。斬新だった。しかも、勧善懲悪でありながら、悪という概念がない。
しかし、その後はディズニーにもジブリにもなりきれない、迷いの中にいる。モチーフも似すぎている。ジブリは全く異なる時代や世界だが自然という神と人間の世界を描き分けている。細田作品は現実と仮想という2つの世界かもしれないが、キャラクターもその性質も似ている。これが残念だ。
例えば、ウサギの正義や鯨の力。多数の無名キャラに、迷いのない主人公。
主人公たちは迷っているふりはしているが、すでに心は決まっている。心の強すぎる人間に感情は寄せられない。人は同じ悩みを共有できて仲間となる。
あとは、展開のスピードに心がついて行けない。だから、心情を語る。ジブリは心情は語らない。表情やちょっとした台詞や風景で語る。細田は風景が語りかけてこない。風景は無感情だ。残念だ。正確すぎる、あるいは現実的というべきか。だから、時々客は現実に引き戻される。夢を見続けられない。
笑いにかけては一流だろうが、戦闘は弱い。構図は似ているが、ジブリの迫力はない。テクニックはあるのに。だから非人間のサマーウォーズはよかった。しかし、人間の戦闘となると・・・。
あと、ジブリは細かくカメラが動かない。会話ごとにカメラが切り替わらないから、客は常に一人の目線でいられる。まるで、自分が問われているかのようだ。客は常に誰かの横にいる。細田作品では客はあくまで傍観者である。
監督自身の迷いが主人公の迷い。どちらの世界に行くべきか。主人公が頭がよすぎて、色々なものが見えてしまうのも、客が劣等感を持つ。ディズニーにもジブリも主人公は実に単純だ。いくつもの世界があっても、常に一つの道しか歩いていない。選択できないだけで、迷いではない。人生は後戻りのできない選択の連続。逃げられない。その潔さが、魅力である。
今までの作品は、主人公がマジョリティ側にいた。つまり良い人であり、良い集団の中にいる。これが、コンセプトかもしれないが、客が推しにならない要因だろう。それに、客が気付く前に誰かが語る。客が、「もしかして、気付いちゃった?教えたい!」という衝動も起きない。
最新作は変わっていることを望むだけである。




