遅れたと 運転手にあたる 日本人
国が変われば、価値観も風習も変わる。当然、優先される事項も変わる。
食後に、ゲップが失礼な国もあれば、礼儀の国もある。残すことを失礼だというところもあれば、残さないことは食べたりないということになるところもある。
個人の美意識など、さらに当てにならない。ゴッホは生前まったく売れなかったことは有名な話だ。
スポーツに感動を覚えるのは勝手だが、それはプロの世界の話だ。かれらは、勝っても負けても、対価として何かを観客に与えなければならない。そのためには、負け方も意識する。将棋などはその最たる例だ。
国費を使ってるからといって、それをアマチュア選手に求めるのはどうだろう。国の代表という概念すら邪道だと思う。それを生業にしているメディアや関係者はもちろん対価が要求される。しかしプロでない選手に、不愉快だといっていいものか。
試合の遅延が、プロとしてあるまじき行為なら、相撲のしきりなおしやものいいはどうなんだ。かれらにとって、大事なのは、進行ではない。進行は、進行を請け負う係りがいる。かれらに任せればいい。選手がそこまで気を使う必要があるだろうか。
個人的美意識をさらけ出して炎上するのと、個人的感情をさらけ出して遅延するのとどっちが美しいというのだろうか。




