姪っ子(四歳)を預かることになりましたが、今ではそれがなにより大切です
「康平先輩お疲れ様です、今夜暇なんですけどよければ飲みに行きませんか?」
そう声をかけてきたのは、去年入社してきた後輩女性社員の七瀬 飛鳥だ。
俺が入社したての七瀬の指導役になり、色々と仕事のやり方を教えたりしていると、なぜか懐かれた。
こうしてちょくちょく飲みに誘ってくれたりと嬉しいのだが、ここ半年はそういった飲みの誘いを断ることしかできていなかった。
「悪い七瀬、今日も姪っ子の迎えに行かないといけなくてな」
「またですか、もう~。康平先輩はもう少し後輩との時間を大事にしてくれてもいいと思うんです! しょうがないですね、分かりました」
「今度また俺のほうから誘わせてもらうよ。じゃあな、気をつけて帰れよ」
「言いましたね! それならいいんです。先輩もお気をつけて」
七瀬には悪いが俺にはなにより優先しなければならない役目がある。
「七瀬ちゃーん、暇なら俺と二人で飲みに行かない?」
「桂木さん、私忙しいんで。失礼します」
「いや、今さっき暇だって……」
七瀬は俺には気安く話しかけてくれるが、誰とでもそうという訳ではなく、今のように俺以外の男性社員の誘いに乗っているところを見たことが無い。
若くて容姿も可愛く、体もそう、悪くない、うん。そんな七瀬が人気になるのは当然のことで、狙っている同僚は多い。
そんな七瀬に好意的に話しかけられるのはもちろん嬉しいが、断るのはしょうがないのだ。
「こんにちは。すみません、遅くなりました!」
全力で走って息をきらしながら、目的地であった保育園の先生に挨拶する。
「あら、篠宮さんこんにちは。みうちゃーん、お迎えよ~」
「こーたん!!」
そう呼びながら俺に抱きついてきたのは小日向 みう(四歳)だ。
みうは俺の姉の娘で、要するに姪っ子である。
姉夫婦が半年前から姉の夫にあたる博一さんの海外転勤に伴い、そこについて行った為みうを俺が預かっている。
みうも最初連れて行く予定だったらしいが、みうが日本を離れるのを嫌がったため仕方なく、みうが懐いていて信頼できる相手である俺が預かることになった。
転勤は三年ほどとのことで、みうが小学生になる頃には姉夫婦は日本に戻って来るらしい。
「待たせてごめんな、良い子にしてたか~みう?」
「うん、みうね良い子にしてたよ。先生のお手伝いもしたの!」
「そっか、偉いぞー。では先生ありがとうございました」
「はい、篠宮さんもお迎えいつもお疲れ様です。またねみうちゃん」
「さやちゃん先生バイバーイ」
小さい手を一生懸命振りながら挨拶するみう。
定時で帰れるときはこの迎えが日課となる。
「こーたん、今日のご飯は~?」
「ハンバーグにしようかなって」
「ハンバーグ! みうね、ハンバーグ大好き」
「そりゃあ良かった」
手を繋ぎ、夕食の話をしながら帰る。もみじのような可愛らしい手を優しく包み込むように。
それとこーたんとは俺、康平のことである。
「はい、ただいま」
「ただいま~」
一人暮らしの一般的な男性の家といった感じの、アパートの一室のドアを開け帰宅すると、さっそく夕食の準備に取りかかる。
みうを預かるまでほとんど自炊などすることが無かったが、それではダメだと半年前から始めた料理は、今ではそこそこの物を作れるようになった。
最初は自分で食べてもちょっと微妙すぎるといった感じの料理で、みうに申し訳なく思っていたが、みうは美味しい美味しいと食べてくれた。その様子を見て更に反省し、日々料理の腕を磨いた。
「おいしかった~ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
ご飯を食べ終わるとみうと風呂に入り、少しテレビを見てからみうが就寝するのを待つ。
「こうたんおやすみ~」
「おやすみ」
目を瞑るみうの頭を優しく何度か撫でると、安心したように柔らかい表情になったみうはすぐに眠りにつく。
これが俺の一日の流れだ。仕事が長引くときはお義母さんが迎えに行ってくれるためそれがないが、それ以外は大体こんな感じである。
最初は慣れないことでいっぱいであたふたしていたが、意外と慣れたら楽しくなってくる。
それもみうの笑顔が見られるからかもしれない。何をするにしてもこーたんこーたん言って懐いてくれるみうが可愛くて仕方がない。
だがそんなみうも一度だけ俺と口をきいてくれなくなったことがある。
半年前。
俺はもう二十七歳で、まだ結婚してないんだと言われる領域に踏み込みつつあった。
みうを預かったばかりの俺は余裕が無く、男手一つで育てることがこんなに大変なんだと実感するばかりだった。
そんなこともあり、少し前に知り合った友人の紹介で知り合った女性と、話も合うし歳も近いことから付き合うことになった。
早速みうに彼女を紹介して、いきなりになるが同棲しようとした俺だったが、彼女を紹介した時のみうの様子の変化になすすべがなかった。
人懐っこく、いつも笑顔でみんなに優しい。そんなみうが急に泣き出し、俺が抱きかかえようとしてもイヤイヤと体を突き放しながら大泣きするのだ。
そんなみうを初めて見た俺はどうすればいいのか分からずあたふたしていたが、彼女は何かを悟った様子だった。
彼女に外に出ることを促され一緒にでると、いきなり別れを告げられた。
どういうことだと問い詰めると
「私とみうちゃんどっちが大事?」
この質問に答えられなかった俺の様子を見た彼女は、タイミングが悪かったのよ、仕方ないわ。と言って去っていった。
その時の俺は理解することができなかったが、彼女が去った後考えるとそういうことかと気づいた。
家に戻った俺はまだ泣き続けていたみうに謝る。
「ごめんみう。俺はどこにも行かないよ、みうが一番大事なんだ。もう一回俺を信じてくれないか?」
とても四歳児に放つような言葉では無かったが、それがみうには刺さったのだろう。
あれだけ泣き叫んでいたみうの泣き声がピタっと止まり、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
みうは寂しかったのだ。身近にいる唯一の信頼していた存在である俺が、この女の人に取られてしまう。
もちろんそんな意識も意図も無かったが、そんなことはみうには分からなかったのだ。
突然連れてきた女と一緒に過ごすと言っている康平、裏切られた。この事実さえあれば。
そんな過去もあり、あれから彼女のかの字も見えない生活を過ごしている。
話すような異性なんて保育園の先生と会社の後輩である七瀬くらいだ。
七瀬が好意を持ってくれていることには気づいているが、それが恋心に変わらないことを祈るばかりである。
申し訳ないが断ることになってしまう。
「こーたん、みう、ピーマンたへれたぉ……」
大嫌いなピーマンを食べている夢を見て、俺に自慢する寝言を言っているみうの寝顔を見ながら、俺はこの生活とみうの笑顔を守ることを誓うのだった。
なんかこんな感じのを書きたい気分でした。
需要がありそうなら続きを書くこともあるかもしれませんが、衝動で書いてしまっただけなのでとりあえず短編として。
お読みいただきありがとうございます。