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 子ども時代の五年は長い。


 ――――長いはずなのだが、王子妃教育とエドウィンとの公務に引っ張り回されたビアトリスの五年は、あっという間に過ぎた。

 毎日毎日やることがいっぱいで、必死にこなしている間に過ぎ去ってしまったのだ。


(まるっきり仕事と勉強だけってわけでもなかったんだけれど……でも、なにも予定がないときも必ずエドさまと一緒だったのよね)


 一人で、のんびりまったりした思い出は……正直ない。

 しかし、おかげ(?)で、ビアトリスは、エドウィンと二人でのんびりすることができるようになってしまった。

 仮にも相手は一国の第一王子。次期国王に一番近い存在に対し不敬かもしれないが、なってしまったものは仕方ない。


 もちろん、最初からそうだったわけではなかった。少なくとも五年前の彼女は、エドウィン相手にかなり緊張していたと思う。

 それにいずれビアトリスは、エドウィンに嫌われ婚約破棄されるのがわかっている。そう思えば、どんなに一緒にいたとしても気を許すなんてことは決してないと思っていたのだが。

 遡れば五歳で出会って早十年、毎日顔を会わせているのだから、当然の結果といえばいえるのかもしれない。


(私って、家族と一緒にいる時間よりもエドさまと一緒にいる時間の方が長いんだもの)


 朝も、昼も、へたすりゃ夜も、ビアトリスの隣にはずっとエドウィンがいた。しかも、その時間は成長するに従って増えている。


(できる公務が増えてきているから仕方ないんでしょうけれど……特に、十歳を過ぎたあたりから、一緒にいる時間がグンと多くなったわよね)


 そんな相手に対し、絶えず身構えていられるはずがなかったのだ。

 その結果――――。




「ビアーテ、そろそろ学園に着くよ」

「う……うぅ~ん、エドさま、もう少し」


 カラカラカラと軽快な音を立てて走る馬車の中。スプリングのよく効いた馬車の絶妙な揺れ心地に堪えきれず眠ってしまったビアトリスは、自分がもたれかかっていた温かななにかにスリスリと頭をこすりつける。


『ビアーテ』とは、ビアトリスの愛称で、『エド』は言うまでもなくエドウィンの愛称だ。

 十年の歳月は、二人が互いを愛称呼びするような関係をもたらした。


「ビアーテ、君は。……だから、昨晩は早く寝なさいと言ったのに。いくら入学式が楽しみでも、もう子どもじゃないんだよ」


 エドウィンの呆れたようなため息混じりの声が聞こえる。

 それでもビアトリスは、まだウトウトと微睡みから抜けだせないでいた。

 だって気持ちいいのだ、仕方ない。


「ビアーテ、いい加減にしないと、私が君を抱き上げて運ぶことにするよ」


(………………え? 抱き上げ……って!)


 ビアトリスは、慌ててパチリと目を見開いた。


「おはよう、いや、おそようかな? ビアーテ」


 目の前、超至近距離に麗しのご尊顔がある。


「うげっ! っと、ああ、いえ………その、おはようございます。エドさま」


 あまりのイケメンぶりに、つい正直な心の声が漏れてしまったビアトリスに、エドウィンは苦笑をもらした。


「いつもながら、我が婚約者殿は、私に対して酷い反応だね。顔を見るなり『うげっ』はないだろう?」

「ご、ごめんなさ――――」

「いいよ。出会い頭にうっとりされて、その後どう話しかけても会話にならない相手よりは、ずっといい。ビアーテの反応は、他の人とずいぶん違うから面白いしね」


 ハハハ、とビアトリスは乾いた笑い声を上げた。

 たしかに、エドウィンほどのイケメン王子にここまで塩対応なのは、彼女くらいかもしれない。


(でも、『うげっ』は、さすがになかったわよね。私ったら気を抜きすぎだわ)


 反省したビアトリスは、あらためて自分の状況を確認する。

 今日は待ちに待った学園の入学式。ビアトリスはエドウィンと共に、王宮から馬車で学園に向かっている途中だ。


 いよいよはじまる乙女ゲームへの期待と不安で、彼女は昨晩あまり眠れなかった。

 そのため、どうやら馬車の中で居眠りをしてしまったらしい。

 しかも、エドウィンの腕を枕に、がっつりもたれかかっていたようだ。


(たしか、対面で座っていたような気がするんだけど?)


 いつの間に隣同士で座ったのだろう?


 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ビアトリスは、自分の状態に気がついてしまったのである。


「ど、どうしましょう? 髪が……私、リボンが曲がったりしていませんか?」


 ビアトリスの髪は長い。輝くような銀髪で、とても美しいサラサラヘアーなのだが、反面細くてハリがなく、つまりはなかなか自力では纏めにくい髪なのだ。

 今日の彼女の髪型も、侍女が三人がかりで結い上げてリボンを編みこんだもの。崩れたりしたら、絶対自分で直せない自信がある。

 半泣きで見上げれば、エドウィンは困ったような顔をした。


「ああ、大丈夫だから心配しないで。少し乱れているけれど、これくらいなら私が直せるよ」

「本当ですか? お願いします!」


 なんでもできる完璧超人なエドウィンは、髪のセットもお手のもの。直してもらおうと背中を向けたビアトリスの髪を、あっという間に整えてくれた。


「いつもありがとうございます。エドさまのおかげで助かりました」

「どういたしまして。この程度のことなら、いつでも頼ってもらって大丈夫だよ。……それより、ごめんね。私がもう少し早く起こすべきだったね」


 ビアトリスが、髪を気にして焦ったことを申し訳なく思ったのだろう、エドウィンはしゅんとして謝ってくる。


「そんな! 私が居眠りしたのが悪いんです。……私ったら、最近エドさまの前だと気が緩みっぱなしで、我ながら情けないですわ」


 本当に、そうだった。いくらなんでも、居眠りはダメだろう。


「それだけ私に気を許してくれているということだろう? そう思えば、嬉しいよ。……まあ、あまりに無防備すぎると、それはそれで複雑なところもあるけどね」


 苦笑しながらエドウィンは許してくれた。

 なにが複雑なのかはわからなかったが、ビアトリスがそれを尋ねる前に馬車が学園に到着する。


 外から扉が開けられて、外気が中に流れこんできた。


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