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学園モノの乙女ゲームのラストを飾るのは、卒業式の断罪イベントと相場が決まっている。
ビアトリスが転生したこの乙女ゲームでもそこは同じで、今日はいよいよそのクライマックスの日だ。
王道ストーリーならば、エイミーと心を交わしたエドウィン王子が、ビアトリスの悪事を暴き婚約破棄を宣言するのだろうが――――それだけは絶対ない!
それでも、今日の主役はエイミーになるだろう。
「さすがヒロインっていうべきかしら。ゲームのシナリオは全然違っているのに、ちゃんとこの日に主役を張れるのがすごいわよね」
ビアトリスの賞賛に、エイミーは嫌そうに顔をしかめる。
「卒業式なんだから、卒業生みんなが主役でしょう」
「でも、卒業記念パーティーでイェルドとの婚約を発表するんだもの。誰がどう考えたってエイミーが主役だわ」
同時にイェルドが隣国リビード王国の王子だということも発表されるのだから、注目されるのは間違いない。
「ビアトリスだって、エドウィン殿下との結婚式の日取りを発表するじゃない!」
「私は、元々決まっていた式のお知らせをするだけだもの。隣国の世継ぎの王子と電撃婚約発表するあなたとは、みんなに与えるインパクトが違うわよ」
ビアトリスの言葉に、エイミーは「ううぅ」と唸った。
あの誘拐事件以降急激に仲良くなったエイミーとイェルドは、様々な困難を乗り越え本日めでたく婚約発表と相成った。
いくらヒロインとはいえ、相手は王子さま。他国のそれも位の低い男爵令嬢をイェルドが妃とするのは簡単なことではなかったのだが、エドウィンやビアトリスの全面的なバックアップを得て、なんとか今日の発表に漕ぎ着けた。
(それこそ『様々』なんて一言では言い表せないような苦労があったわよね。……まあ、でも終わってしまえばいい思い出――――になんてなれないほど大変だったけど! とりあえずよかったわ)
これまでの苦労を思い出したビアトリスは、遠い目になる。
「ゲームでは、王子と婚約するのがこんなに面倒だなんてどこにも描かれていなかったのに。やっぱりゲームと現実は大違いよね」
同じく苦労を思い出したのだろう。エイミーがため息をこぼす
まったくもってその通りなのだが、そんな現実の厳しさをクソ真面目に描写した夢も希望もない乙女ゲームでは、人気になるはずもない。
結果売れずに在庫を抱えることとなるゲーム制作者サイドからすれば無理からぬ事情かもしれなかった。
「……あ~あ、イェルドが王子でなければこんな大々的な発表なんて必要ないのに……もう、今からでも婚約破棄しちゃおうかしら?」
まだ卒業式前なのだが、エイミーは今から疲れている。
結果、とんでもないことを言いだした。
「ちょっと! やめてよね、その発言。またイェルドに監禁されたいの?」
ビアトリスは慌ててエイミーの口を手で塞ぐ。
――――実は、以前にも度重なる困難に音を上げそうになったエイミーが、イェルドとの未来を諦めそうになったことがあったのだ。
具体的には学園を退学して行方をくらまそうとしたのだが、それを事前に知ったイェルドは彼女を監禁しようとした。
どうにかエドウィンと二人でイェルドを宥めエイミーも説得して事なきを得たのだが、あのときの苦労は並大抵ではなかった。
『ダメ! 絶対! 監禁!』
心からそう思う。
事件を思い出したのだろう、エイミーは青い顔で首をコクコクと縦に振った。
「もう、発言には気をつけてくれなくちゃ困るわよ! なんといってもあなたの相手はあのイェルドなんだから!」
「わかっているわよ!」
「まったくもう。ホント、よくあのイェルドと結婚する気になったわよね」
半ば感心しながらビアトリスは話す。
しかし、どうやらこの発言はエイミーの気に障ったらしい。
「ビアトリスだってあのエドウィン殿下と結婚するじゃない! 私、あなたにだけはそんなこと言われたくないわ!」
ムッとするエイミーをビアトリスは不思議そうに見返した。
いったいどうしてそんな言われ方をするのか、訳がわからない。
「エドさまは、誰がどう見たって最高の結婚相手でしょう?」
この国の第一王子で文武両道、優秀でなおかつ優しいとくれば、貶すところのない最上級の優良物件なのは間違いない。
至極真面目に聞き返したのだが、エイミーは呆れきった顔をした。
「いやだ。本当にわからないの? エドウィン殿下の独占欲はイェルドに勝るとも劣らないじゃない。……そうでなきゃ、ベンさまがあんなことになるわけないもの!」
そう言った。
――――まあ、彼女の言いたいこともわからないでもない。
ビアトリスとエイミー最愛の推しモブキャラ、ベンジャミン。
彼が結婚したのは、つい先日のことだった。




