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「おじさんとおばさんにも同じことを言われたよ。『千愛のことを思うなら、幸せになってほしい』って。……でも、本当に俺には無理だったんだ。千愛がいない。それだけで俺の世界から光が消える。……なにも輝かない世界で笑うのは、ちょっと難しいかな」
おじさんとおばさんというのは、千愛の両親だろう。
悠人の両親だって、我が子の苦しむ姿に心を痛めていたに決まっている。
それがわかっていても、どうしても悠人は幸せになれなかったのだ。
悲しくて、苦しくて、心が痛くって、ビアトリスは涙を溢れさせる。
そんな彼女をエドウィンは優しく抱き寄せた。
「だからビアーテ、お願いだ。今世では絶対私より長生きして」
耳元に囁かれた言葉に、ビアトリスは困惑する。
――――だってそれは不可能な約束だから。
人の寿命は神の采配。どんなに努力したってあらがえないこともある。
「お願いだよ、ビアーテ。嘘でもいいんだ。私を騙して安心させて。私は、君の嘘なら信じられるから」
無茶苦茶だと思った。
嘘だとわかっていることでも信じられるなんて、おかしいだろう。
そして、それならばなおさらそんな嘘はつけないと思った。
「ダメです。エドさま。私はできない約束はしませんから。……でも、だから、そのかわりに、もしも私が先に死んでもエドさまが笑えるように、精一杯努力しますね!」
大きな声で宣言すれば、エドウィンは呆気にとられたような顔をした。
「……私が笑えるような努力?」
「はい! 一緒にいろいろ経験して、何度思い出しても笑えるような楽しい思い出をたくさん作りましょう! そして折々で記念の品をたくさん買ったり作ったりするんです。後でそれを見て懐かしめば、思い出はますます輝きます! あと、独りぼっちにならないように心を許せる友人を作って……それに、その……私、子どもがたくさんほしいです! 大家族で子どもや孫にいっぱい囲まれて慰めてもらえたら、きっと悲しんでいる暇なんてありませんよ!」
千愛も悠人もひとりっ子だった。どちらかにでも兄弟姉妹がいたら悠人の前世は多少違っていたかもしれない。
顔を赤く染めて、ビアトリスは言い切った。
エドウィンは黒い目をまん丸に見開いている。
――――やがて、大きく破顔した。
「…………子ども? 私とビアーテの?」
もちろん!
それ以外誰の子どもだと言うのだろう?
ビアトリスは真っ赤になって首をコクンと縦に振る。
「そうか。だったら頑張らないといけないね。どうしよう? すぐに結婚する?」
ニコニコニコと満面の笑みでエドウィンが聞いてきた。
「け、け、結婚って? 私たちはまだ学生ですよ!」
ビアトリスは焦ってしまう。
「学生結婚って手もあるよ?」
「王子が学生結婚って、ありえないでしょう!」
真っ赤になって慌てるビアトリスを、エドウィンは深く抱きしめる。
「別にありえなくはないけれど……でも、そうだね。では学園に通っている間は学園でしか作れない思い出をたくさん作ろう。君の言う通り、これから二人で溢れるくらいの思い出を重ねていくんだ。…………ずっとずっと、一生一緒にいよう」
それはビアトリスの願いでもある。
「はい。エドさま」
それから二人は静かにだきしめ合っていた。
これもまた二人にとって忘れがたい思い出になる。
その後やってきたイェルドとエイミーに「安静にしなきゃダメだろう(でしょう)!」と声を合わせて説教されることまで含めて、きっといい思い出だ。




