30
しかしビアトリスを拘束する男たちも、ここで素直に投降できるくらいなら、そもそも誘拐なんていう割に合わない犯行を企てたりしないだろう。
『うるさい! この銃が目に入らないのか! 俺たちの邪魔をするならこいつを殺してやる! それがいやなら俺たちの逃走手段を用意しろ! ……まずは馬だ! 馬を二頭連れてこい!』
たとえ馬で逃亡したとしても、うまく脱出できるとは思えない。
だいたい彼らは誘拐の目的を果たせなかったのだ。逃げおおせたとしてもその先にある未来が暗いものとなるのは誰でもわかること。
そんなふうに彼らを説得する言葉はいくらでも思いつけるのだが……おそらく追い詰められた彼らにはどんな言葉も通じないのだろうと思われた。
同じ結論に至ったのか、エドウィンが騎士に合図して馬を用意しはじめる。
ジッと見つめてくる彼の視線に、ビアトリスは小さく頷いて見せた。
馬に乗るために、誘拐犯たちはなんらかのアクションを起こすはず。
しかも彼らはビアトリスも一緒に連れていかなければならないのだ。それらの動作の中で、必ず隙が生まれると思われた。
(私がしなくちゃいけないのは、その隙を見逃さずうまく逃げだすことだわ!)
ほんの少しの間でいい。
誘拐犯たちの拘束を逃れられれば、あとはエドウィンがなんとかしてくれるはずだった。
絶対の信頼を胸に、ビアトリスはその瞬間を待ちかまえる。
馬の準備が整い、エドウィンが二頭の手綱を握ってこちらに歩いてこようとした。
『お前は動くな! 後ろにいる女に馬を持ってこさせろ!』
しかし、誘拐犯はそれを許さない。
代わりに指名されたのはエイミーだ。
とはいえ、リビード語のわからぬ彼女は戸惑うばかり。
忌々しそうに舌打ちしたエドウィンに通訳されて――――慌てだした。
「そ、そんな! そんな怖いこと、私はできません! ……だって、私がそっちにいって、躓くとか、くしゃみをするとか、うっかりなにか失敗して、万が一でもビアトリスさまに危害が及んだら――――絶対絶対エドウィン殿下に殺されるじゃないですかぁ~!」
ダメダメ怖いと、首をブンブンと横に振りエイミーは全力で拒んでくる。
気持ちはわからないでもないのだが……いささか怖がりすぎではないだろうか?
まあ、どれほど本人が嫌がろうがこの場で断わることなどできるはずもなく、エイミーは泣く泣く馬を引いてきた。
「うっ、うっ、うっ……怖いよぉ~」
しかもまだ泣いている。
その様子に、さすがの誘拐犯たちもドン引きした。
『味方からあんなに怖がられるなんて』
『あの迫力といい、あいつはいったいなんなんだ?』
ただの第一王子――――のはずだ。
(ものすごく優秀で頼りになって、誰より素晴らしい人だから「ただの」っていうのは違うとは思うけど!)
ビアトリスは大真面目でそう思う。
まだまだエドウィンの素晴らしいところを考えているうちに、エイミーが到着した。
ブルブルと震えながら犯人たちに手綱を差し出してくる。
『もっとこっちに寄越せ! 届かないだろう』
「キャアッ! なんて言っているかわからないけど怒られたぁ~」
聞き取れない異国語で怒鳴られたエイミーは、パッと手綱を放り投げてしまう。
『うわっ! おいっ!』
『馬が逃げるぞ!』
誘拐犯たちは、慌てて手綱を掴もうとした。
残念ながら、それはうまくいかず、彼らは焦り出す。
(――――今よ!)
ビアトリスはそう思った。
掴まれている手首をねじって外し、そのまま一直線にエドウィン目指して走る!
『あ! このアマ!』
『止まれ! 止まらないと撃つぞ!』
後ろから銃に狙われている!
(怖い!)
心の底から恐怖するしかないこの状況だが、ビアトリスは自分に向かって手を伸ばし駆けてくる一人の男性だけを目指して走り続けた。
「エドさま!」
「ビアーテ!」
次の瞬間、ビアトリスの体はエドウィンにしっかりと抱きこまれ――――。
「キャァァァァッ!」
エイミーの悲鳴が聞こえた直後――――ズガァ~ン! と銃声が響いた。




