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 そして、そんな風に耐え続けてはや五年。

 十歳になったビアトリスは、いまだ王宮へ通う日々を続けていたりする。


(おかしいわ? もうとっくに婚約に浮かれる時期は過ぎたはずなのに?)


 しかも、最初のうちは午前中だったり午後だけだったりと、一日のうちの数時間を王宮で過ごしていたのに、今では朝から晩までほとんど入り浸りになっていたりする。


「いっそもう、王宮に引っ越せばいいのではないですか?」


 今日もいつも通りに登城したビアトリスに、毎日付き添う公爵家の侍女がそう言った。

 行ったり来たりが面倒くさいと思っているのかもしれないが、それくらい我慢してほしい。


「そんなことをしたら、あなたは失業するのではなくて?」


 彼女のメインの仕事は王宮への行き帰りのお供だ。それがなくなれば困るのではないだろうか?


「大丈夫です。そのときには王宮で雇ってもらえることになっていますから」


 いつの間にそんな約束事を交していたのだろう?

 ビアトリスは、眉をひそめた。

 なぜなら、それはつまり、ビアトリスの引っ越しの可能性が、水面下で検討されているということだから。

 たいへん、由々しき事態だった。


(なにがたいへんかって、私が自他共に認めるエドウィンさまの婚約者になってしまっていることが問題なのよ。こんなに四六時中一緒にいたら、それを私自身も当然と考えているって思われちゃうかもしれないわ。私に、そんなつもりはないって、はっきり伝えなきゃ!)


 そう思ったビアトリスは、エドウィンに『将来婚約破棄されることになっても決していやがりませんよ』と、遠回しに話すことにした。

 本日彼女は、エドウィンと共に、昨今の政治情勢についての講義を受けている。その休憩時間をとらえて、エドウィンと向き合った。


「――――私たちは、現時点で国の政略上最適と考えられている婚約者同士ですわ。そのことは、殿下も私も十分承知し納得の上のこと。しかし、国を取り巻く情勢は変わりますし、人の心もまた同じ。今後、政治情勢や殿下のお心に変化があり、この婚約に不都合が出るような場合は、どうぞご遠慮なく私にご相談くださいね。私は、殿下のお心に添えますよう協力を惜しみませんから」


 こう言っておけば、国外追放まではされないだろう。

 十歳の子どもが話す内容としては少し異様かもしれないが、エドウィン自身たいへん優秀なので十分意思は伝わるはずだと思った。

 ところが、彼女の言葉を聞いた王子は、何故か不機嫌そうに眉をひそめてしまう。


「それは、今後君が心変わりをする可能性があるということか?」


 思いも寄らないことを言いだした。


「は? いいえ、そんなことはございません」


 既にビアトリスの心は、王子の友人Bであるモブキャラのもの。心変わりなんてありえない!


「ならばいい。たしかに情勢は変化するものだが、どのように変化しようと対応できるよう備えを万全にしておけばいいだけのことだからね」


 それはいったいなにに対する備えだろう?

 首を傾げれば、エドウィンは美しい顔で微笑んだ。


「そんなありそうもない心配をするより、休憩時間に相応しい話をしよう。――――次の夜会のドレスは決まったのかい? 私の衣装と合わせたいし、ドレスに似合うネックレスをプレゼントしたいのだけど」


 この申し出は婚約以降の五年間、いつも繰り返されてきたことだ。


「私、宝飾品は、もうたくさんいただいていますから、今回は結構ですわ」


「遠慮する必要はないよ。実は、今期の私の個人事業収益が予想以上に多くてね。お金は貯めるだけでは経済が回らないだろう? 使ってこそ価値があるんだ」


 ハイスペックな王子は、十歳にして個人資産を事業投資し莫大な収益を上げていた。

 稼いだお金でビアトリスにプレゼントをしてくれるのが常なのだ。

 断りたくとも、国の経済を回すためと言われ、いつも押し切られてしまっている。

 地位もお金もあって容姿端麗。しかも気配り上手な完璧超人な王子に――――ますます好みじゃないと、ビアトリスは思った。


(なんだか、悠兄に似ているわ)


 同じ美形でも容姿は全然違うのに、そう思えてしまうのが不思議だ。

 きっと世間一般の理想の男性像を突き詰めれば、彼らのようになるのだろう。

 しかし、ビアトリスが求める理想の男性像は、違った。

 彼女の理想は、どこにでもいそうな凡人で一緒に地道な努力を重ねられる人。そして、叶った小さな幸せに、この上ない喜びを分かち合えるようなモブキャラなのだ!

 イケメンなんて懲り懲りなのである!


(エドウィンさまったら、プレゼントが多いところまで、悠兄とそっくりだなんて……まあ、偶然なんでしょうけど。……なにはともあれ、私が婚約破棄されても文句を言わないってことだけは伝わったはずよね? あとは早くヒロインが現れて、彼を攻略してくれるといいんだけど)


 そうすれば、気の重いプレゼントもエドウィンの興味も、ヒロインに向くようになる。

 ゲーム開始は学園に入学してからだ。


(入学後は、公務も夜会も今よりうんと減るはずよね? ホント、エドウィンさまの公務は多過ぎだわ。公務がまったくなかった日なんて、今まで数えるほどしかなかったもの。きっと彼がハイスペック過ぎるのが原因よね。仕事ができるのも善し悪しだわ)


 入学してしまえば、それらすべてが解決する。

 学園に入学するのは十五歳になってから。


(あと五年、この調子が続くのね。でも我慢だわ。五年経てば私は婚約者の責務から解放されて、憧れのモブキャラ、ベンさまに会える!)


 ビアトリスの胸の鼓動がドキドキと高鳴る。


(もし出会えたらどうしよう? まずは、じっくり観察して、さり気なく声をかけて、少しずつお話できるようになれたら最高よね! ……やっぱり最初はお友だち登録からかしら?)


 ――――異世界にスマホはない。

 いささか浮かれすぎながらも、その日を心待ちにするビアトリスだった。


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