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ビアトリスは、バッと顔を上げる。
(今の音はなに? 銃声みたいにきこえたけど)
慌てて板が打ちつけられた窓に駆け寄った。
板と板の隙間からなんとか外を覗こうとしたけれど、見えたのは白く細い光だけ。
その間にも、遠くでバン! ドン! ガシャ~ン! と、なにかを壊すような音が聞こえてきた。
そして、再びガン! ガガン! と銃声が響き、身を縮めたビアトリスの耳が、バタバタバタ! と慌ただしい足音を拾う。
『クソッ! 問答無用で銃をぶっ放してくるなんて!』
『なんてクレイジーな奴なんだ!』
リビード語のやり取りは、先ほどの二人組だろう。
――――どうやら、ここに銃を持った誰かが襲撃をかけてきたようだった。
(もしかして、エドさまが私を助けにきてくれたのかしら?)
……いいや。
襲ってきた相手は突然銃で襲いかかってくるような乱暴極まりない輩。いつも優しく紳士的なエドウィンのイメージとは結びつかない。
ビアトリスは、即座に首を横に振った。
(そういう傍若無人なことをしそうなのは、イェルドの方だわ。……でも、本当にイェルドだったらどうしたらいいのかしら? いくら助けてもらってもそのまま監禁されるのはお断りなんだけど)
期待と不安で動けずにいれば、扉が荒々しく開けられた。
飛びこんできたのは、予想通り誘拐犯の二人組。
『来い! 逃げるぞ』
『お前には人質になってもらう!』
慌てる二人はリビード語のまま怒鳴っているのにも気づいていなかった。
乱暴に手首を掴まれ引っ張られる。
「キャッ!」
『さっさと来い!』
そのまま強引に部屋から連れ出された。
扉の外には真っ直ぐに幅広の廊下が延びていて、右側に別の小さな扉がある。
ビアトリスを捕まえていない方の小男がその扉を開ければ、狭くて暗い階段が見えた。
男たちは、その階段の方にビアトリスを連れていく。
「ま、待って!」
『うるさい! こんなに早く誘拐がバレるだなんて、予想外だ』
『このまま捕まれば俺たちはお終いだからな。お前を盾にしてなんとしても逃げてやる』
ビアトリスの抵抗もなんのその。男たちは足を止めずに階段を下りはじめる。
(いや、待って! この先って非常脱出用の地下通路でしょう? 途中で秘密の小部屋があって――――いやぁぁ! そこってイェルドがヒロインを閉じこめた部屋じゃない!)
ゲームの中でイェルドは、誘拐されたヒロインを追いかけ、途中でその隠し部屋を見つけるのだ。そして、無事に助け出した彼女を秘密裏にその部屋に監禁する。
哀れヒロインは、誘拐事件に巻きこまれ消息不明となったと世間的には発表されるのだ。
そしてはじまる二人っきりの監禁生活。
(ダ、ダメよ! この地下通路にイェルドを入らせたらいけないわ! 別の通路を使わせなくっちゃ!)
「あ、あの! こんないかにもここから逃げました! みたいな階段を使うのはうまくないと思います! きっとすぐに追いつかれてしまいますわ。そ、それより、この階段の上にはなにがありますの? そっちに一時的に隠れて、相手をやりすごしてから安全に逃げる方がいいと思います!」
ビアトリスの言葉を聞いて、男たちは立ち止まる。
『……上にあるのは物置部屋だが』
『そんなところに隠れて見つかったら袋のネズミじゃないか?』
男たちは眉間にしわを寄せて話し合う。
「で、では、二手に分かれたらどうでしょう! せっかくお二人いるのですもの。私とどちらかお一人が上の部屋に隠れて、残ったお一人が敵の目をわざと引きつけて地下通路に逃げていくのです。逃げる方だって私のような足手まといがいない方が逃げやすいと思います!」
我ながら名案だと思う。
頭脳明晰、優秀なイェルドのことだ。そんな見え見えの囮には引っかからず、きちんとビアトリスを助けてくれることだろう。
最悪イェルドに救い出されたとしても、地下の監禁部屋を知らなければ、救出=即監禁にはならずに済むかもしれない。
(お願い! 頼むから地下にだけは連れていかないで!)
しかしビアトリスの必死の願いもむなしく、目と目を見交わした男たちは、今まで通り彼女を連れて階段を下りはじめた。
「あ! そっちは――――」
『うるさい! そんな言葉に引っかかるものか!』
『だいたい、どうして人質のお前が俺たちに助言するんだ?』
『どうせ、俺たちをバラバラにして逃げだすつもりなんだろう?』
『その手に乗るものか!』
誤解である。
とはいえ、男たちの言い分ももっともなこと。当たり前に考えて、犯人を助けようとする人質なんているはずもない。
誘拐犯たちはビアトリスの言葉には一切耳を貸さず、地下の脱出通路を走り出した。




