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(……私は、この世界でまともにベンさまと向き合ったことがあるのかな? ……私が愛していると思いこんでいた相手は、現実のベンさまなの? それともゲームのベンさま?)
前世でやりこんだゲームの中で、エドウィンルートの端役として画面の隅で笑っていたベンジャミンを、ビアトリスは愛していた。
(でもそんな人、現実にはどこにもいないのに。……だって、その証拠にゲームの中のビアトリスは、私ではないんだもの)
もしもここに今のビアトリスと同じように異世界転生した人がいて、前世でやったゲームの中のビアトリスが好きだったのだと告白されたなら、どんな感じがするだろう?
だからあなたが好きなのだと、あなたと結婚したいのだと言われたら?
――――そんな想いをビアトリスは認めることができるのか?
(……『ふざけるな!』って怒鳴りつけてしまいそうだわ。『私をなんだと思っているのよ』って)
今の自分を知りもしないのに、ゲームの中の悪役令嬢に勝手に恋して、勝手に想いを押しつけて、それで告白してくるなんて最低だ。
きっとそう思ってしまうだろう。
――――しかし、その最低なことをビアトリスはベンジャミンにしていたのだ。
ようやくそれに気がついた。
(ううん。違うわ。本当は私だって知っていたのかもしれないわ。……私が愛した『ベンさま』なんて存在はどこにもいないっていうことを)
だから、ビアトリスは無理にベンジャミンに会おうとしなかったのではないだろうか。
いくらエドウィンが紹介してくれなかったとはいえ、本気で会おうと思ったのなら、公爵令嬢であるビアトリスには、いくらでも方法はあったはずなのに。
彼女はベンジャミンに会えないことを嘆いても行動にでなかった。
なんとかしなくてはと思っても、本当になんとかしようとはしなかったのだ。
そして、誘拐され身の危険を感じた今、ビアトリスが助けを請い願っているのは、ベンジャミンではなくエドウィンだ。
いるかいないかわからない――――いや、確実にいないとわかっているゲームのベンジャミンではなく、今まで一番近くでビアトリスに寄り添い支え続けてくれた現実のエドウィン。
(そうよ。きちんと知っていたわ。……こんなとき私が誰より想い、心で呼んでしまうのがエドさまだってことを)
どうしてそれを今まで認められなかったのだろう?
簡易ベッドにポスンと座り、ビアトリスは視線を宙に彷徨わせた。
(……だって、私がエドさまに抱いている感情って……悠兄に抱いていたのとほとんど同じだったんだもの)
心の中でひとりごちる。
――――前世の世話好きなイケメン幼なじみ。
生まれたときからほぼ一緒で、誰より近くにいた人。
千愛にとって悠人は間違いなく一番親しい異性で、彼のせいでいろいろ酷い目に遭っていても無条件の好意を向けられる人だった。
そして、それでも千愛は悠人と恋人同士ではなかったのだ。
だから、エドウィンが悠人と似ていると知って、そんなエドウィンに向ける想いが悠人に対するものと同じだと気づいて――――だからこそ、ビアトリスはエドウィンに向けるこの想いは恋心ではないと信じてしまっていた。
(なのにエイミーが、悠兄は私に恋していたなんて言うから――――わからなくなったのよ!)
本当に悠人は、エイミーの言うように千愛を愛してくれていたのだろうか?
そして、もしもそうなのなら、千愛が悠人に向けていたあの想いも恋心なのではないか?
だって千愛は、悠人が千愛に向けてくる想いと同じ想いを悠人に向けていたと思っていたから。
悠人が千愛を愛していたのなら、千愛だって悠人を愛していたはずだ。
――――グルグルグルと思考が回る。
(でも!)と(だって!)を繰り返し、どれほど悶々としていただろう。
やがてビアトリスは、ブンブンと首を横に振る。
(もうっ! ダメよ。今は悠兄を思い出している場合じゃないわ!)
そう思った彼女は、すっくと簡易ベッドから立ち上がり、バシンと自分で自分の頬を叩いた。
今向き合うべきは、悠人に対する千愛への感情ではなく、ビアトリスの中のエドウィンへの感情だ。
ベンジャミンへの想いが、架空の存在への憧れなのだと気づいて、自分が本当に頼りにしているのがエドウィンだと思い知って――――その上で、ビアトリスは自分の本当の心と向き合わなくてはならない。
(私……私って、ひょっとしてひょっとしなくても、エドさまに恋――――)
そこまで考えたときだった。
部屋の外から、ガガァァ~ン! と、大きな音が響いた。




