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 それからどれほど時間が経ったのだろう。


 もはや待つしかない状況なのだが、ベッドと小さなドロワーデスクのみのがらんとした部屋は、心細さを増長させる。

 世界に自分が一人になったような、誰からも忘れ去られてしまったような、理由のわからぬ不安が襲ってきて、思わずビアトリスは自分で自分の体を抱きしめた。


(ダメダメ! 暗いことばかり考えていたら、悲観的になっちゃうわ。もっと前向きな思考をしなくっちゃ! ……大丈夫。きっとエドさまがきてくださるもの)


 いつだって、どんなときだって、エドウィンはビアトリスを一番に気遣ってくれる。

 そんな彼がビアトリスの危機に駆けつけてくれないはずがなかった。


(むしろ私が考えるべきなのは、助かった後でどうやってエドさまを宥めるかの方かもしれないわよね)


 きっと今回のことでエドウィンは心配性をグレードアップさせることだろう。今後はビアトリスがひとりで登下校することを禁じてしまうかもしれない。


(それくらいならまだしも、ひょっとしたら学園に通うこと自体を止められちゃうかもしれないわ)


 もともとエドウィンは、ビアトリスと自分が学園に通う必要性を重要視していなかった。学園本来の目的である勉強面では、まったく不要と断じており、単に社交性の関係からしぶしぶ許容していただけである。


(そんな! なんとしても学園は普通に卒業したいのに。それに、今、通えなくなったらますますベンさまを会えなくなっちゃうもの!)


 ベンジャミンはエドウィンの侍従だ。なので、本当は学園でなくとも城で会える可能性があるはずなのだが――――そんな機会が巡ってきたことは一度もないのが現状だ。


(これ以上会えなくなったら、お顔も忘れてしまうかもしれないわ)


 それは悲しすぎる。


 冗談半分でそう思ったビアトリスだが――――ふと、そう言えばベンジャミンはどんな顔をしていただろうと……気になった。



(………………え? 嘘っ! 私ったら、ベンさまの顔を思い出せない?)



 そんなバカなと思いながら、落ち着いて考えてみた。


 ――――顔は、普通だ。モブなのだから、整いすぎず崩れすぎず、取り立てて特徴のない平凡顔がデフォルト。

 背も高すぎず低すぎず、太ってもいなければ痩せてもいない。

 存在感がなく背景に溶けこんで、三日も見なければ忘れてしまうようなモブ中のモブ。

 それがベンジャミンという人物の特性である。


(でも、だからって本当に忘れるなんてあり得ないのに! ……う、ううん。大丈夫よ。ゲームの中のベンさまの顔は覚えているもの。何度も何度も繰り返し見てきたんだから思い出せるわ! ――――でも、今現実にこの世界にいるベンさまって……どんな顔?)


 実は、ゲームと現実では、顔はまったく違う。

 同じ作りであってもそこに生きた感情がこもれば、受ける印象からなにもかもがまったく違って見えるのは当然だ。

 事実エドウィンも、ゲームのすましたイケメン顔や攻略後に見せる甘い笑顔などとは比べものにならないくらいたくさんの生きた表情を見せてくれている。

 そして、それこそが本当の彼の顔だとビアトリスは知っていた。


 しかし、ベンジャミンの顔としてビアトリスが思い出せるのは、ゲームの背景としてのスチルだけ。


(……それに考えてみたら、私ったら誘拐されてから今までずっとベンさまのことを思い出しもしなかったわ)


 誘拐され一室に閉じ込められ、心細くてたまらない。

 そんなときに思い出し心の支えとするのは、自分が一番愛している人ではないのだろうか?

 今ごろどれほど心配しているだろうと気に病んで、でもだからこそきっと救い出してくれると信じて期待する相手は……いったい誰?


 そう思ったビアトリスの脳裏に浮かぶのはエドウィンの顔で、同時に胸がキュッと軋んだ。



(……私って、どうしてベンさまじゃなく、エドさまばかりを思いだすのかしら?)



 ビアトリスは、自分はベンジャミンを愛しているのだと思っていた。

 心に思い浮かべて安心し、一生傍らで見つめあい笑いあって暮らせる相手は、彼以外にいないのだと信じて疑いもしなかった。


 しかし実際には、愛しているはずのその人は顔すら定かには思いだせず、代わりに浮かぶのは、ずっと自分の一番近くで見守っていてくれたエドウィンの顔。



(私は……私って、本当に現実のベンさまを愛していたのかしら?)



 ここにきて、ようやくビアトリスはそう思った。


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