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 待っていてやってくるのがムーアヘッド公爵家の者なら構わない。馬車を襲われ誘拐されたのだ。きっと今頃公爵家は大騒ぎ。全力でビアトリスの行方を捜してくれていることだろう。


(それに、エドさまだって私が行方不明だと知れば、きっと最優先で捜してくださるはずだわ!)


 エドウィンに迷惑をかけるのはものすごく心苦しいのだが、きっと彼なら必ずビアトリスを救い出してくれる!

 迷わずそう信じられるほどの信頼が、ビアトリスにはあった。

 そしてそれを証明するかのように、エドウィンを思い出したビアトリスの心は、みるみるうちに落ち着きを取り戻し、冷静に考えられるようになっていく。


(そうよ。エドさまは必ず私を救いにきてくれる。だから、私はエドさまがこられる前に少しでも状況をよくしておかなくっちゃ!)


 現状、エドウィンや公爵家には、ビアトリスの乗っていた馬車が襲われ彼女が行方不明になったという情報が入っているだけで、それ以外はなにもない。

 一方イェルドには誘拐犯から脅迫状が届くはずだ。


(ゲーム通りなのだとすれば『お前の恋人は預かった。返してほしければ王位継承権を放棄しろ』っていう内容だわ)


 脅迫状に監禁場所などの具体的な情報は書いていない。だが、そんなことをしでかすだろう犯人の目星や連絡が届いた経路を探り、イェルドはヒロインの居場所を特定するのだ。

 そして、見事彼女を救出するというのがゲームの流れだった。


(まあ、救出した後で今度は自分が監禁したりもするんだけど)


 ――――だから、イェルドに救出されるのは、ビアトリス的にはたいへんまずい。

 助けてもらうなら、エドウィンもしくはムーアヘッド公爵家のどちらかだ。


(もっともイェルドの好感度が五割程度なら、彼は自力での救出をあっさり放棄してエドさまに協力依頼をしてくれるんだけど)


 そうなれば情報を得たエドウィンが、確実にビアトリスを救出してくれるはず。

 しかし、不確実な希望にすべてをかけるほど、ビアトリスは楽天家ではなかった。


(それに、イェルドよりずっと早く確実に私の居場所を特定できる人がいるんだもの!)


 それは、ゲームのヒロインエイミーだ。

 幸いにして、ビアトリスとエイミーは誘拐イベントの知識のすり合わせをしたばかり。イェルドルートを一回も攻略したことのない彼女にこの場所を教えたのは、他ならぬビアトリスだ。

 だとすれば、ビアトリスがやるべきは、一刻も早くエイミーに自分が誘拐されたという事実を知らせること。そうすれば案外賢いエイミーのことだ、事実をビアトリスの監禁場所も含めてエドウィンに報告してくれるだろう。



 ――――ここまでの思考を一瞬のうちに巡らせたビアトリスは、いまだニヤニヤと彼女を見つめる男たちに、怯えた目を向けた。


「イェルドさまの? ……あっ、それならあなたたちの目的は、彼が彼のお父さまから授かったという後嗣の証の家宝(・・)を取り戻すためなのですか? ……そんな! それじゃ私は救出してもらえないわ!」


 両手を胸の前で組み、よよよと泣き崩れて見せれば、男たちは怪訝そうな顔をする。


「後嗣の証の家宝?」


「なんだそれは?」


 知らないのも当然だ。

 それはたった今、ビアトリスの頭の中で生み出した架空の家宝なのだから。


「え? あ、違うのですか? ……それがないと正式にお父さまの後継者と認めてもらえないって、イェルドさまから聞いたのですが? ……ああ、私ったら余計なことを話してしまったのかしら?」


 組んだ手をほどき、いかにも失言したというふうに口を押さえれば、男たちは慌てた様子で視線を交わし合った。

 その後、取り繕ったような笑みを向けてくる。


「いやいや、もちろん知っているとも」


「そうそう。俺たちの目的もその家宝? を手に入れることだからな」


 見え透いた嘘に呆れて出そうになったため息を、ビアトリスは咄嗟に安堵のため息に変えた。


「ああ、よかった。そうですよね? イェルドさまもとても大切にしておられた家宝ですもの。きっとそれが目的なのだと思ったのです」


「そうそう、そうなんだ。……ところで、どうしてその家宝が目的だと、あんたが救出してもらえないんだ?」


 さっきビアトリスは間違いなくそう言った。ひょっとしたらスルーされてしまうかもと危惧した言葉を彼らはきちんと覚えていてくれたようだ。


「はい。実はその家宝は、私がイェルドさまからお預かりしていたんです。そうすれば、万が一イェルドさまが襲撃を受けても家宝を奪われないで済むだろうからって。……でも、私はそれをさらに私のお友だちに預かってもらったんです。……その、私、そんな大切な家宝をお預かりするのがちょっと怖くなってしまって……でも、イェルドさまには内緒にしていて、彼は私が友だちに預けたことをご存じないんです。だからきっと持ってこられないはずなんです!」


 よよよともう一度ビアトリスは泣き崩れて見せる。


 男たちはひそひそとリビード語で話はじめた。


『おい、この女の言うこと本当だと思うか?』

『か弱い貴族の令嬢が誘拐されて監禁されているんだぞ。咄嗟に嘘なんてつけるもんか』

『だが、後嗣の証の家宝? なんて聞いたことがない。上からの指示にもそんなモノのことは少しもなかった』

『ああ。だけど、国王陛下が第二王子イェルドを可愛がっているのは周知の事実。もしそういうものがあったなら極秘に渡していても不思議じゃない』

『その話が本当ならば――――千載一遇のチャンスじゃないか? 国王から賜った後嗣の証の家宝をなくしたなんて、それこそ後嗣の資格なしと公言するも同然だからな』

『そして、その紛失した家宝を第一王子殿下が見つけて差し出せば――――』

『度重なる失態で、王妃さま諸共失脚寸前の第一王子殿下の起死回生の一手になる!』



(えぇぇっ!)



 思わず上げそうになった叫び声を、ビアトリスは必死に堪えた。

お読みいただきありがとうございます。

応援してくださる皆さまのおかげで、今月下旬「推しに婚約破棄されたので神への復讐に目覚めようと思います」という本を刊行していただけることになりました。

(このお話とは別のお話です)

恒例の本のプレゼントについて、活動報告にてお知らせしています。

ご用とお急ぎのない方は、活動報告をご確認の上ご応募いただけると嬉しいです!

今後とも、九重の作品をよろしくお願いいたします。

<(_ _)>

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[一言] エド様が大人しいのが逆に怖い() 嵐の前の静けさ的な……
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