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「……ねぇ、私、今どれくらいイェルドを攻略しているのかな? もう十分なんじゃないかしら?」
くたびれたおっさんのようにダラリと力を抜き椅子に座るエイミーが聞いてくる。
「そんなん私に聞かれても困るわよ。私、メリバエンドにしかなれなかったって言ったでしょう」
答えるビアトリスも元気がない。さすがにおっさんくさくまではなっていないが、机に両肘をつき背中を丸めた姿には哀愁がただよっているように見える。
ここは、いつもの空き教室。
エドウィンとイェルドが剣術訓練でいない時間帯を狙って、ビアトリスとエイミーは話し合っていた。
エイミーの言う通り、彼女とイェルドの仲は傍目にもよいように映るのだが、イェルドは相変わらずビアトリスにもちょっかいをかけてくる。その都度過剰に反応するエドウィンを狙った愉快犯だとは思うのだが、イェルドの真意は図り難く、おかげでエイミーもビアトリスもたいへん疲れる日々を送っていた。
「まったく役にたたないわね。イェルドの好感度がわかる方法ってないの?」
「イェルドルートを一回もしたことさえないようなあなたに言われたくないわ。……でも、そうね。そういえばそろそろリビード王国でお家騒動が起こる頃合いなんだけど、あまり噂を聞かないわ」
イェルドルートのトラブルのはじまりは隣国のお家騒動だ。
イェルドの母を溺愛する現国王が、留学した我が子を心配する彼女を慰めるために、とんでもないことを言ってしまうのである。
曰く――――。
『イェルドなら大丈夫だ。あの子は私の子どもたちの中でも一番優れた資質を持った子だからな』
『そうでしょうか?』
『ああ。イェルドと肩を並べられるのは、ハイランド王国のエドウィン第一王子くらいだろう。……まあ、たとえ第一王子といえどイェルドに敵うはずもないだろうが』
親バカもここに極まれりという発言だったのだが、ここで問題なのは『第一王子』という言葉。
リビード国王の頭の中では『第一王子=エドウィン』という方程式が成り立っていたのだが、聞いている周囲の者たちは必ずしもそうは思わなかったようで、国王の言う『第一王子』の中に自国の第一王子も含まれると取ってしまったのだ。
つまり、第二王子イェルドは正妃の息子の第一王子より優れていると国王が公言したと受け取られ、これを聞いた正妃は烈火のごとく怒った。
同時に危機感を募らせた第一王子の一派がイェルドを亡き者とするために暗躍しはじめるのだ。
(誘拐しようとしたり暗殺者を送ってきたり、結果全部失敗してバレて開き直って内乱に発展するのよね)
それもこれもリビード王国国王の不用意な一言が原因だ。
もちろん、そんな誤解をされるからにはそれ相応の下地があり、最終的には同じことが起こってしまった可能性は高いが……それでも言っていいことと悪いことがあると思う。
(統治者なんだから迂闊な発言は止めてほしいわよね。まあ、でもこの動きでイェルドの攻略具合がわかるんだけど)
「お家騒動が起こるとイェルドの態度が変わるのよ。好感度が高ければ高いほど自分の問題に巻きこみたくないと思ったイェルドはヒロインと距離を取ろうとするの。会う回数が減ったり、会っても露骨に視線を逸らされたり、そのくせ振り向けばこっちを見ていたりもするのよね」
あのイェルドは、そこそこ可愛かった。
遠くから目立たぬようにヒロインを見ている姿がなんとなくモブっぽかったのである。
(もちろん、正真正銘本物のモブであるベンさまには逆立ちしたって勝てないんだけど!)
ひっそりと背景に同化して佇むベンジャミンの姿を思い出したビアトリスは、思わずうっとりしてしまう。
「そんな! 私に対するイェルドの態度は全然変わっていないわよ! 私って、ひょっとしてイェルドの攻略に失敗しているの?」
一方エイミーは、話を聞いて焦りだした。
攻略失敗は自分のバッドエンドに直結するのだ、無理もない。
「大丈夫よ。お家騒動の噂を聞かないって最初に言ったでしょう? 私だってこれでも公爵令嬢なんだもの。情報を得る手段はいくつか持っているのよ。その私の耳になにも入ってきていないんだから、お家騒動自体まだ起こっていないと思っていいわ」
そこが不思議ではあるのだが。
(時期的にはもう起こっていてもおかしくないのよね?)
内心首を傾げるビアトリスとは反対に、エイミーは大きく安堵の息を吐いた。
「そっか。よかった。……イェルドはちゃんと私を好きなのね」
――――なんだかとても嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか?
いや、たしかにイェルドの好感度が低ければバッドエンドまっしぐらだし、最悪自分の命に関わるのだから、エイミーが喜ぶのは当然なのだが。
「エイミー……あなた、まさか本気でイェルドを好きになっていないわよね?」
「なっ! なっ! なっ! なっ! なにを言うの! そ、そ、そんなはずないじゃない!」
エイミーは、激しく動揺した。
顔は真っ赤で手がワタワタと無意味に大きく動いている。
「なにもそんなに慌てなくても……え? ひょっとして、本当に本気でイェルドが好きなの?」
ビアトリスは、信じられないとばかりに眼を見開いた。




