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婚約者の姿がちょっと見えないだけで、学園を休んでいる女性の部屋に押しかけ、しかもその女性を引っ張り出すのは、どう考えてもやり過ぎだろう。
「エ、エドさま。私は学園内にいて、別に行方不明でもなんでもなかったわけですから――――」
だから注意しようと思うのに、イェルドが隣でうんうんと頷きだす。
「ああ、それはわかるな。僕だって、エイミーがエドウィンと一緒に行方不明になっていたら、真っ先にビアトリス嬢を尋問するだろうからね」
ところが「わかる」と言ってもらったエドウィンは、ムッと顔をしかめた。
「失礼な。私がビアーテ以外の女性と一緒に行方不明になるはずないだろう!」
――――と言うことは、ビアトリスとならば行方不明になることがあるのだろうか?
一方、エイミーは顔色を悪くして首をブンブンと横に振った。
「エドウィン殿下と一緒に行方不明なんて! そんな怖いこと私にはできません!」
そして、ビアトリスもまたエイミーと同じくらい顔色を悪くする。
「じ、尋問ってなんですかっ?」
「いやだなぁ。尋問は尋問だよ」
「そんなこと、私が許すはずがないだろう!」
「いやぁ! 行方不明もいやだけど、尋問もいやですぅ!」
楽しそうに言うイェルドと、怒り出すエドウィン。そして恐怖に泣き出すエイミーの声が重なって、もはやなにがなんだかわからなくなってきた。
どうしてこんなカオスになったのだろう?
おろおろするビアトリスの腕をエドウィンが掴んだ。
「ともかく! 私とビアーテはこれからここで練習をするから、二人ともどこかへ行ってくれ」
「練習?」
ビアトリスは、キョトンとした。
「練習ってなんの練習ですか?」
「食事を食べさせる練習だ。君がそう言っていただろう? 他人と練習するより本人と練習する方がずっと効果があるに決まっている。私とここで練習して……そうだな。本番は今日の夕食の席にでもすればいい」
エドウィンは、一見理路整然としているかのようにそう言った。
思わず頷きそうになるビアトリスだが、寸前で思いとどまる。
(いや、待って! 本人とやるのを『練習』とか、おかしくない? それに本番を今日の夕食とか――――一日に二回も『あ~ん』をするの!)
それは無理だ。
絶対に無理だ。
ビアトリスは、涙目になる。
「エ、エドさま――――」
「頑張ろうね。ビアーテ」
ニッコリニコニコ。眩しいエドウィンの笑顔を前に「いやだ」なんて言えるはずもなかった。
助けを求めて周囲を見れば、エイミーがイェルドに連れ去られるところだったりする。
「さっきの事情をもう一度詳細に聞かせてほしいな。あと、そもそもどうして今日休んだのかの理由も聞きたいな」
こちらもいい笑顔のイェルドから、エイミーが逃れられる様子はない。
エイミーは縋るようにビアトリスを見てきたが、彼女に助ける余裕など、どこにもありはしなかった。
「――――いろいろ言いたいことはあるけれど、ビアーテ、君が私に食べさせてくれるなら、とりあえず言葉にするのは止めておこうかな? さあ、どれから食べさせてくれるんだい? それともまず私がお手本に食べさせてあげた方がいい?」
ビアトリスにできることは、ひとつだけだ。
震える手で、先ほど落ちたものではないミニトマトにフォークを突き刺し持ち上げる。
「エ、エドさま…………あ~ん」
彼女のかけ声を待ちかねていたかのように、エドウィンは形のいい口を開いた。
赤い口の中に真っ赤なミニトマトを、ビアトリスは羞恥を堪えて入れる。
この日、ビアトリスはエドウィンと、昼と夕に二回――――しかもお互い『あ~ん』をしあって食事した。
その後、ビアトリスがもう二度とイェルドと二人っきりにならないと誓わせられたのは言うまでもないことだろう。




