17
「――――はい、あ~ん」
悩みに悩んだビアトリス。
結果、思考が迷走を続け突き抜けてしまった彼女は、昼休みに暴挙に出た。
なんとイェルドに昼食を食べさせてあげようとしているのである。
(だって、私はエイミーみたいに自分で料理を作って胃袋を掴むなんてできないもの! だったら、ここは食事イベントのもう一つの定番『あ~ん』をするしかないんじゃない?)
――――けっしてそんなことはない。
もしここにエイミーがいたのなら、「どうしてそうなった!」と思いっきり叫ぶだろう。
しかし残念なことに、ここは人気の無い校舎の裏側。人目を忍ぶ恋人たちが逢瀬に使う定番スポットには、ビアトリスとイェルド以外誰もいない。
(誰かいたら『あ~ん』なんて絶対できないもの! もう、早く怒って席を立ってちょうだいよ! そしてこの場から立ち去って!)
それがビアトリスの作戦だった。
目指すは『恋人気取りで食事を食べさせようとするウザくて残念な悪役令嬢が、怒った攻略対象者に呆れられる』ワンシーンである。
プルプルと震える手に持つフォークの先には真っ赤なミニトマトのマリネが揺れていた。
そのミニトマトに負けないくらい、ビアトリスの頬も赤くなっている。
イェルドは、呆気にとられた顔をしていた。
「…………僕を毒殺する気?」
「こんな『私が犯人です!』って言わんばかりの状況で毒殺なんてするはずないでしょう!」
殺るのならもっと安全確実に、絶対自分が疑われないようにするに決まっている!
「それもそうだよね。そうなると君の思惑がますますわからないけれど……ま、いっか。面白そうだから乗ってあげる。――――あ~ん」
なんとイェルドはパカッと大きな口を開けた。
「へ?」
「なにやっているんだよ? ほら、早く食べさせて」
一度口を閉じてそう言うと、イェルドは再び大きく口を空ける。
ビアトリスの持つフォークは、ますますプルプルと震えた。
(こんなの想定外だわ! まさか、ホントに『あ~ん』されようっていうの?)
てっきりイェルドは怒っていなくなると思っていたビアトリスに、本当に『あ~ん』をする覚悟なんてあるはずもない。
(ど、どうしよう? もしここで私が間違ってイェルドの喉をフォークで突いて怪我させたりしたら、国際問題になっちゃうんじゃない?)
そんな危険冒したくない!
でもでも、最初にイェルドに『あ~ん』をするように促したのはビアトリスで――――。
(ええぃ! もうどうにでもなれ!)
ビアトリスはなけなしの勇気を振り絞り、イェルドにミニトマトのマリネを食べさせようとした。
赤い口の中に真っ赤なミニトマトを入れようとした、その瞬間!
「ビアーテ! 君はなにをしているんだ!」
怒鳴り声が聞こえてきて、大きく手が震えた。
ポトッと、口に入る寸前だったミニトマトがテーブルの上に落ちる。
「あぁ~、残念」
たいして残念でもなさそうにイェルドが呟く。
「ビアーテ!」
もう一度名を呼ばれて、そちらを振り向いた。
思っていた通り、そこには全速力で駆けて近づいてくるエドウィンがいる。
今日は公務で欠席だったはずなのに、いったいどうしてこの場にいるのだろう?
そしてもっと不思議なことに、彼の後ろにはエイミーの姿があった。
オドオドと不安そうな様子でこちらを見ているが、近づいてくるわけでもないし遠ざかるわけでもないようである。
今日は一日部屋でダラダラ過ごすと言っていたはずなのだが?
(それに、なんでエドさまと一緒にいるの?)
そこが一番気になった。
しかしビアトリスには、エイミーを問い質す時間は与えられないようだ。
「どうして君がイェルドと一緒にいるんだい? そして、いったいなにをしようとしていたのかな?」
あっという間に目の前に迫ったエドウィンが、聞いてくる。
黒い瞳がギラギラと光っているように見えるのは、見間違いではないだろう。
「えっと、エドさま――――」
「いやだなぁ、見てわからないのかい? 昼食を食べさせてもらっているんだよ。ビアトリス嬢から直々にね」
ビアトリスが答えるより先に、イェルドが口を開いた。




