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 そして、戦々恐々としながらイェルドと一緒に行動しはじめたビアトリスだが、意外なことに彼と共にいることはそれほど苦痛ではなかった。


(この人、エスコートがとても上手いわ。ごくごく自然に気配りがされていてものすごく動きやすいのに、それをこっちに気づかせないんだもの)


 ここまで完璧なエスコートができるのは、他にはエドウィンくらいじゃないだろうか?

 まあ、それに気づけるのもビアトリスくらいなのかもしれないが。


(それもそうよね。イェルドは王族なんだから)


 できても不思議でもなんでもないのかもしれない。



「――――ありがとうございます」


 何気なく並んで歩いているように見せながら、一番歩きやすい場所に自分を誘導してくれているイェルドに、ビアトリスはお礼を言った。


「へぇ? ……君は気がつくんだ。でも、気づかないふりをするのがレディなんじゃないのかな? あれこれ世話をされても当然と受け入れるのが高貴な女性の常識だって聞いたけど」


 なんだ、そのトンデモ常識は?

 たしかに、あまり卑屈になりすぎることはいけないのだと、王妃教育では言われるが。


「私は自分がお礼を言いたいときには言いますわ。そういうものは個人の感性の問題ですもの。常識なんていう言葉で決めつけられるのは不快です」


 ツンとして答えれば、イェルドは驚いたようだった。


「それでエドウィンは注意しないの?」


「エドさまが注意するはずないですわ。よほど儀礼に反していればともかく、お礼を言うだけなのですもの」


 エドウィン自身、ちょっとしたビアトリスの気づかいにも直ぐに気づいてくれて、丁寧すぎるほどのお礼を言ってくれる人なのだ。そんなことで、なにか言われるはずもない。

 それになにより――――。


「リングビストさんだってそう思っているでしょう? 礼の一つも言えない女など気にかける価値も無いと」


 考えるまでもなく、わかる。

 本当のエスコートとは単なる礼儀作法ではなく、相手を気づかい優しく守ること。そんな心づかいを受けてお礼の一つも言えないなんてそれこそ礼儀知らずだ。

 イェルドのエスコートが完璧ならば完璧なほど、彼はきちんと相手を気づかっている。それを常識だからといって当然のように享受する相手に対して、彼が不快に思わないはずがなかった。


 イェルドは眼鏡の奥の目をスッと細める。


「だから君は、自分が気にかける価値のある女だと、僕に証明したのかな?」


「違います。言いましたでしょう? 私が言いたかったから言ったのだと」


 しかし、結果オーライ。どうやらイェルドから多少の興味は引き出せたらしい。

 イェルドの口角がニンマリと上がった。


「まあ、どっちでもいいよ。とりあえず君とこうしていることは、僕の時間の無駄にはならないみたいだからね」


 言いながらイェルドが手を差し出してくる。

 ちょうど階段にさしかかったので、降りるためのエスコートだ。


「ありがとうございます」


 彼の手に手を預けながら、ビアトリスは悩んでいた。


(一緒にいることを肯定的に考えてもらえたのはいいけれど、でもウザい女を目指すには失敗なのかしら? でも、そもそも避けられちゃったりしたらなにもできないわよね?)


 ウザい女になるのは、案外難しい。

 どうするのが効果的か、真剣に悩むビアトリスだった。

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