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そして三日後。
いよいよ今日はウザいイベント決行日だ。
エイミーは、喜々として女子寮の自分の部屋に閉じこもった。元々寮暮らしなので、閉じこもるのは簡単なのだそうだ。
「嬉しい! 今日は一日ベッドでゴロゴロして過ごすわ。贅沢を言うなら、ここにスマホかゲーム機があったら最高なんだけど!」
いやいや、それは絶対無理だろう。
そんな環境があったなら、ビアトリスの方が閉じこめられたい!
一応閉じこめているという風を装うためエイミーの部屋に外鍵をつけ、その鍵をポケットに入れてビアトリスは登校した。
ちなみにエドウィンは公務のため今日の授業は欠席だ。
ゲームでは、放課後イェルドの様子を見にきた際にビアトリスの奸計を知り、怒り心頭に発するという流れだった。
(つまり、放課後まで私はイェルドに言い寄らないといけないのよね。……いったいどうしたらいいのかしら?)
非常に頭の痛い問題だった。まず、どう声をかけていいのかもわからない。
(なんと言っても、相手はあのイェルドなんだもの! 複雑怪奇な性格で、二重も三重も裏を読むような人に普通に言葉が通じるなんて思えないわ!)
なにをどう言っても誤解される気がするのは、単なる被害妄想ではないはずだ。
迷っていれば、なんとイェルドの方からビアトリスに近づいてきた。
登校して自分の席に座っていた彼女の前に立って話しかけてくる。
「おはよう、ムーアヘッド公爵令嬢。エミを知らないかい?」
と思ったら、エイミーのことだった。
『エミ』というのは、エイミーのリビード王国風の呼び方だ。この呼び方をしてくるのはかなり好感度が上がったしるしで、当然千愛がゲームをしていたときには、されたことがない。
(だって、メリバエンドだったもの。まあ、どのみちデフォルトネーム以外にしたときは関係ないんだけど)
「スウィニー男爵令嬢のことでしたら、私は知りませんわ。それほど親しいわけではありませんもの」
答えながら、バクバクと動悸が早くなるのを感じていた。
(ああ! 私ったら、もっと親切そうに答えるべきじゃなかったかしら? これじゃ会話が続かないわ! 『どうしたの?』とか『彼女に何の用?』とか聞いた方がよかったかも? ……でもでも、余計な詮索をする女だと疎まれるのもまずいし)
グルグルグルと思考が回る。
イェルドは「へぇ~?」とからかうような声を上げた。
「君とエミはとても親しいようだったけれど? よく一緒にいるよね?」
眼鏡越しに鋭い視線が向けられる。
ヒッと息を飲みそうになったビアトリスは、なんとか堪えて表情を保つ。
ビアトリスとエイミーは、人前で親しくなんてしたことがないからだ。会うときはいつも人目を忍んでこっそり会っているはずなのに。
(なにをどこまで知っているの?)
動揺しそうになるのを、精神力でグッと堪えた。
伊達に王子妃教育を受けていない。この程度で隙を見せてなるものか!
「そのような事実はありませんわ。どなたかとお間違えではないですか?」
静かに視線を返せば、紫の眼が見開かれた。
「ハハ、さすがエドウィンの妃候補ってことかな? 意外に肝が据わっている。……まあ、虚勢を張っているだけかもしれないけどね?」
どうやらイェルドはビアトリスに対し、本性を隠すつもりがないらしい。
(普通どうでもいい相手には、愛想よく振る舞うはずなのに。……エドさまの婚約者だからなにか知っているとでも思っているのかしら?)
それなら大間違いだ。
エドウィンは、ビアトリスが危険に遭いそうな情報など決して漏らしはしない。
「あなたに虚勢を張る必要性が私にはありませんわ。お話がそれだけなら、自分の席に戻ってくださらない?」
本当は戻ってほしくない!
自分に興味を惹きつけて、せめて今日一日は側にいたい相手なのだ!
(でもでも、相手はイェルドだもの! 下手に引き留めたら逆効果よね?)
そう思ったビアトリスは、無関心を装って手元の教科書に目を落とすふりをした。少しも文字が頭に入ってこないのだが、頑なに下を向き読んでいるふうを装う。
クスリと頭上で笑う気配がした。
同時に肩に手を置かれる。
「なっ――――」
「緊張してガチガチだよ?」
文句を言おうとして顔を上げれば、ひどく楽しそうなイェルドの顔が視界に入った。
「ヒッ――――」
たいへん美しいご尊顔なのだが、ゲームを知るビアトリスにとっては恐怖以外の何物でもない。
「君って結構面白いね。今日はどうもエミはきそうにないし、君と一緒にいようかな?」
お構いなく!
思わずそう言いそうになって、なんとか思いとどまった。
(本当は言いたいけど! ものすごくそう言いたいけど! でも、今日は私がイベントをきちんとやらなくっちゃだから!)
「……どうしてもとおっしゃるのなら、一緒にいさせてあげてもよろしくてよ」
結果、ビアトリスはそう言った。
「ハハ! ……わかったよ。どうしても」
頭を下げながらも、イェルドはひどく上機嫌だ。
頷く以外ないビアトリスだった。




