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「ダメよ、もう我慢できない! お願い、少し休ませて!」
定期実技試験の三日後。
計画とはまったく違ったがエイミーとイェルドの距離は縮まり、結果大成功になったことにホッとしていたビアトリスは、かつてない難局に直面していた。
いやそこまで大事ではないのだが――――エイミーがイェルドの攻略を拒否してきたのだ。
「イェルド攻略の重要性はわかっているわ! だから『ずっと』なんて言わない! せめて一週間! ううん三日間でもいいから、イェルドから離れさせて!」
エイミーの青い目はうるうると潤んでいる。
まあ、気持ちはわからないでもない。
余程エイミーが気に入ったのか、イェルドは四六時中それこそ朝から晩まで彼女から離れないのだ。
(さすが監禁エンドが標準装備なキャラだけあるわ。執着心が半端ないわよね)
イェルドの好感度を上げるのは難しい。しかし一定以上まで上がってしまえば、後は勝手にグイグイと向こうから恋着してきてくれるキャラなのだ。そこが行きすぎて監禁になるのだが。
「でも、こんなに短期間によくここまで攻略できたわよね。……いったい何をやったの?」
疑問に思ったビアトリスが尋ねれば、エイミーは「そんなのわからないわよ!」と怒鳴り返してきた。
「わからない?」
「そうよ! だって私は特別に何かした覚えはないんだもの。私がしたのなんて、定期実技試験の種目を勝手に変えられて腹が立ったから叱りつけたくらいだわ。あと無茶な特訓させるから、それにも山ほど文句を言ってやって、我ながら反発しまくりだったのに。もちろん、やれるだけの努力は私もしたわよ。出場するからには全力を尽くすのは当然だもの」
エイミーは腰に手を当て堂々と主張する。
ビアトリスがポカンとしていれば、考えながら言葉を続けた。
「……あとはそうねぇ、特訓でお腹が空くから特製のお弁当を作ったわ。そしたら、イェルドが食べたいって言うから残り物を上げたくらいかしら? でも、上げたのはあくまで残り物だけだし、それで好意を持たれるなんてあり得ないと思うわ! ……そりゃあ、自分の分がなくなると困るから多めには作ったけど」
「……エイミーは料理が得意なの?」
「もちろんよ! 私の目標はベンジャミンさまとのイチャイチャラブラブな甘々生活なんだもの。モブキャラのベンジャミンさまはスパダリじゃないからお料理なんてできないだろうし、だったら妻の私がお料理上手になるしかないでしょう!」
きっぱりと言い切るエイミーは、ブレないモブ担だ。そんなベンジャミンとの結婚生活まで具体的に考えていたとは思わなかった。
なんだかビアトリスは負けた気分になる。
(ううん! まだまだ勝負はこれからよ!)
なにはともあれ、エイミーが料理上手なのは間違いないようだった。
――――つまり、彼女はあのイェルドに全然媚びずに自分の意思を臆することなくぶつけて、なおかつ美味しい手料理で胃袋まで掴んでしまったのだ。
イェルドが惚れるのも無理はない。
(さすがヒロインよね。私でも惚れちゃいそう)
ビアトリスはこっそりそう思う。
なにせこれがすべて無自覚なのだから、エイミーは正真正銘ヒロインと言えるだろう。
「ねぇ! それよりなんとか私がイェルドから自由になれる方法を考えてよ! 三日間が無理なら一日でもいいわ!」
ビアトリスに縋りつかんばかりにお願いしてくるエイミーを見ながら考えこむ。
実は、方法がないわけでもなかった。
(……たしか、悪役令嬢ビアトリスがやらかしちゃう、ウザいイベントがあったわよね?)
エイミーを気に入らないビアトリスが、彼女に嫌がらせをするためだけにイェルドの関心を惹こうとするのだ。
『私の魅力で彼をメロメロにさせて、あなたなんて眼中に入らないようにしてあげるわ!』
そう言って高笑いするビアトリスのスチルは、思い出すだけでも恥ずかしい。
(あれを私がするの? エイミーを女子寮に物理的に閉じこめて、一日中イェルドにつきまといあれこれといらぬお世話をしたあげく、嫌われ抜かれてしまうという、あの悪夢のようなイベントを?)
しかも、最後にはそれがエドウィンにもバレて公衆の面前で叱責されるというおまけつき。
もっとも乙女ゲームはヒロイン目線で進行するため、プレイヤーは高笑いする悪役令嬢に閉じこめられ、そこからなんとか脱出するというミニ脱出ゲームを楽しむというのが、本来のイベントの内容だった。
ただ、あまりにビアトリスがウザさ全開の行動を取るため、いつの間にやら『悪役令嬢のウザいイベント』と呼ばれるようになったのだ。
(無理、無理、無理よ! 絶対いやだわ! ……でも、このイベントを起こせば、エイミーが一日イェルドから離れることは可能なのよね)
――――しかも、ビアトリス自身がエドウィンからかなり嫌われるようになる。
(今の私とエドさまの距離って、ちょっと異常だもの。……少しくらい嫌われた方がいいのかも?)
ビアトリスは悩んでしまう。
うんうんと唸っていれば、何か手段があるのだと察しをつけたエイミーに、もう一度迫られた。
「お願い! 一生のお願い! ちょっと休めたら、またイェルド攻略を頑張るから!」
ここまで必死にお願いされては断れない。
「仕方ないわね。じゃあ、私の言うとおりにしてね」
渋々頷いたビアトリスだった。




