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その後、ビアトリスとエドウィンの婚約は、とんとん拍子に決定した。どれほどトントン拍子かというと、初対面の翌日には王宮から正式な使者が公爵家を訪れて、婚約を申しこんできたくらい。
あまりの素早さに、ビアトリスの父であるムーアヘッド公爵も顔を引きつらせる。
内々に、もう少し時間をかけた方がいいのではないかと、使者にうかがったほどだ。
「いや、むしろ王子殿下は、婚約期間など設けずに即結婚してもいいとおっしゃっていますよ。さすがにそれは陛下が止められましたけれどね」
乾いた笑い声をもらす使者の返答に、家族全員ドン退いたのは、言うまでもないだろう。
聞かなければ、よかったと、ビアトリスは思う。
(どんだけ効率重視なのよ。これじゃ、他の貴族令嬢の立つ瀬がないじゃない)
さすがに、五歳で結婚はない。
……ないはずだ。
…………そう思いたい。
しかし、たとえどれほどドン退いたとしても公爵家が王家からの婚約申しこみを断れるはずはなく、その後も前代未聞の早さで手続きは進んだ。
翌々日には王家と公爵家全員での顔合わせが行われ、半月後には選りすぐられた結納の品と大金が公爵家に届く。
その直後に国の内外に婚約内定の発表が大々的にあって、一月後には正式な婚約式が挙行された。
(出会って一ヶ月で婚約とか、いくらなんでも早すぎない?)
ビアトリスはまだ五歳。この世界の常識は、はっきりわからないが――――うん、やっぱり非常識なくらいに早いのではないだろうか。
(なんでそんなに急ぐのかしら?)
疑問は残るのだが、それは今さら考えても仕方のないことだった。
なので、ビアトリスは頭を切り替える。
今、彼女が考えるべきなのは、今後の自分の行動だ。
彼女の最終目的は、王子の友人Bというモブキャラとの結婚。そのために、なにをすべきか?
(……婚約破棄は、必須条件よね)
ただ、ここで問題になってくるのは、婚約破棄されたビアトリスが国外追放処分になってしまうということ。ビアトリスとしては、モブキャラと結婚できるなら居住地は国外でもかまわないのだが、しかし友人Bは伯爵家の次男だったはず。この国の貴族の次男は長男のスペアであり、長男になにかあったときには、代わりに家督を継がなければならない存在のため、実家から遠く離れることは許されず、王都もしくは自領内で暮らすのが一般的だ。
(絶対国外なんかに出してもらえないわよね? とすれば、婚約破棄されるのはよくても、国外追放にはならないようにしなくっちゃいけないわ。王子サイドから見たら、結婚するのはNGでも、知人として近くにいる分には気にならない程度の人物ってとこかしら?)
それは、非常に微妙な立ち位置だった。
うんうんと考えて、ビアトリスは今後の行動方針を決める。
(よし! 私は、エドウィンさまとはあくまでビジネスライクの関係を目指すことにするわ! 好かれないにしても嫌われすぎないようにするのよ。――――具体的な行動としては、公務では積極的に協力するけれど、私的な交流は必要最小限にとどめればいいんじゃないかしら?)
公務で優秀さを見せつつ、エドウィンの愛情は求めていないとわかってもらうのだ。
それには、頑張って仕事をするのはもちろんだが、仕事を理由に王子とべったりになってはならないだろう。
(婚約者になったからといって、王宮に出入りしたがったり、ましてや用もないのにエドウィンさまに会いたがったりするのはNGよね! 目立たず出しゃばらず、公務以外では王宮に近づかないようにするのがベストだわ!)
どのみち、ビアトリスもエドウィンもまだ五歳。公務などなきに等しいし、今まで通りの生活が劇的に変わるとも思えない。
(将来に備えて家でお勉強! うん、当分はこれでいきましょう! それに、私は前世でボッチだったんだもの、いきなり王宮での人づきあいはハードルが高いわ)
我ながらいい方針を立てられたと、ビアトリスは思った。
そう、間違いなくこのときはそう思っていた。




