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ビアトリスとエイミーは、二人同時に勢いよく上を向く。
右側の校舎、二階の窓から茶色い頭がのぞいている。取り立てて目立つところのない平凡顔は、間違いなくベンジャミンだ。
(ベンさま!)
ビアトリスとエイミーの心の声が、ハモった――――と感じた。
それくらい二人の動きは同じで、息がピッタリだったのだ。
「――――ベンジャミン」
一方、エドウィンはいやそうな声をだす。
そんな不機嫌丸出しの声もなんのその。ベンジャミンは話を続ける。
「もう、殿下、頼みますから道草しないでくださいよ~。後で騎士団長に怒られるのは私なんですからね。ホントはべったり張りついてスケジュール管理をしなくちゃいけないのに、学園では近づくなとか、無理難題を押しつけているのは殿下でしょう? きちんとやることやってもらわなきゃ困りますよ」
グチグチとベンジャミンは不平不満をこぼす。まったく場を読まないセリフは、ある意味すごいと思う。
(ああ! こんなに長いセリフを聞くのは、はじめてなんじゃないかしら!)
そんな愚痴にも感動し、ビアトリスは自分の胸の前で両手を組み合わせた。
フッと見れば、エイミーも同じように手を組んでいる。
場の空気を読まないのは、どっこいどっこいかもしれない。
なおもうっとりとビアトリスが見上げていれば、唐突に手を引かれた。
驚いて視線を移せば、そこにはエドウィンのどこかムッとしているような顔がある。
「え? エドさま?」
「帰ろう。ビアーテ。城に行く前に公爵家まで送るよ」
表情を一変させたエドウィンは、ニッコリ笑ってそう言った。
いや、急いで城に帰らなければならないのではないか? とか、エイミー突き飛ばし事件をどうするのだ? とか、もう少しベンさまを見ていたい! とか、いろいろ言いたいことはあったのだが――――ビアトリスは、言葉を呑みこむ。
とてもなにか言えるような雰囲気ではなかったのだ。
(笑顔なのに……怖い!)
「…………はい」
彼女が頷いた途端、エドウィンはさっさと歩きだした。
「イェルド、悪いけど先に失礼するよ」
後ろも見ずにそう告げる。
「ああ、かまわないよ。僕もずいぶん慣れたからね。もう一人で帰れるさ」
イェルドは上機嫌な声を返してきた。
あんまり機嫌がよさそうで、ちょっと不気味だ。
(絶対ろくなこと考えていなさそう!)
エドウィンに半ば引き摺られるような形で歩きながら、ビアトリスは後ろを振り向いた。
視界に入ってきたのは、目を眇めてエイミーを見つめるイェルドの姿だ。口角がニンマリ上がって弧を描いている。
(なんていうか、まるでネズミを見つけたネコみたい)
ゾクゾク! と、再び背中に悪寒が走った。
先ほどからずっとベンジャミンを見上げていたエイミーも、なにかを感じたのか体を震わせている。
(……え、えっと、イェルドの興味は引けたみたいだし、一応計画は成功なんじゃないかしら?)
いまいち自信は持てないが、たぶんそう言っていいだろう。
見て見ぬ振りで立ち去る予定のイェルドが、いまだに残っているのがその証拠だ。
(とりあえず! 後は任せたわよ、エイミー!)
ビアトリスは、心の中でエイミーに手を合わせた。……合掌ではない、声援の祈りである。
「――――ビアーテ、前を向いていないと危ないよ」
エドウィンと繋いでいる手が、ギュッと握られた。いつにない強さで、ちょっと痛いくらい。
まるで「逃がさない」と言っているような気がしてしまう。
(……馬車に乗ったら、絶対今のことを聞かれるわよね。……ああ、どう言い訳しよう?)
エイミーの心配をしている場合じゃなかったのだ。
自分のためにも、心の中で手を合わすビアトリスだった。




