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そして、計画した邂逅イベントを、ビアトリスとエイミーが実行できたのは、三日後だった。


(昨日、一昨日と公務があって学園にこられなかったのよね。でも、今日は丸一日自由だわ。こんなこと久しぶりじゃないかしら!)


 どうも、イェルドというデリケートな扱いが必要な人物の登場で、ハイランド王国側もいろいろ予定を変更せざるを得なかったらしい。

 その最たる者がエドウィンで、このため彼の公務がグンと減らされたようなのだ。


(代わりにイェルドの対応を任されたってところかしら? ご愁傷さまとしか言いようがないわ)


 ビアトリスも巻きこまれるかと戦々恐々としたのだが、どうやらそれはエドウィンが全力で防いでくれたみたいだ。

 ビアトリスが未熟すぎて怖くて近づけられないだけかもしれないが。

 頼りにされていないことは、ちょっと悲しいけれど、当然のことなのだと自分を納得させた。

 それに、その方がビアトリス的にも都合がよかったのだ。


(エドさまが私の側にいたら、エイミーの手助けが思うようにできないもの。彼女にはなんとしてもイェルドを攻略してもらわなきゃいけないんだから!)


 そのための第一歩が、今からはじまる。


 攻略のはじまりとなるその場所は、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下。ピロティ様式の一階部分に壁はなく、石造りの廊下は中庭と地続きになっている。

 午前中に降った雨に濡れた中庭からは草木の匂いが強く立ち上り、地面は黒々とぬかるんでいた。

 時間は、放課後。

 イェルドより早く教室を出たビアトリスとエイミーは、渡り廊下一階の端と端で目配せしながら待機している。

 もうすぐ、この場所をイェルドが通りかかるのだ。

 そして彼の目の前で、ビアトリスは、すれ違いざまエイミーを中庭へと突き飛ばす。

 転んだエイミーの制服は土に塗れ、ビアトリスはその姿を嘲笑う。――――というのが、いじめの筋書きだ。


(雨が降ったせいで、土どころか泥だらけになってしまいそうだけど、仕方ないわよね。エイミーには卒業生のお古の制服を渡して、あらかじめ着替えてもらっているから大丈夫だし、学園内のシャワールームは午前中に予約したわ。怪我をしないように、突き飛ばす場所の石拾いも、昨日までに終わっているし)


 そこまでしなくてもいいとエイミーには言われたが、元いじめ被害者の千愛としては、どんなにケアしてもしたりないというのが心情だ。


(他ならぬ私がいじめをする方になるなんて……ものすごく憂鬱だけど、でも、これもイェルドルートをハッピーエンドに導くため! 心を鬼にしてやり遂げなくっちゃ!)


 ビアトリスは、心の中で覚悟を決める。

 スッと頭を上げたその瞬間、エイミーの右手が小さく振られた。

 イェルドがきたという合図である。


(やるわ! やるのよ、私!)


 ビアトリスはゆっくり歩きだす。

 向かいの校舎からエイミーも歩いてきた。

 目と目を見交わし――――ビアトリスは、(え?)となってしまう。

 なんとなくエイミーが、おかしな表情をしているのだ。

 困ったような、戸惑ったような、怖じ気づいたような、ともかく変な表情だ。


(いったいどうしたの?)


 心の中で尋ねたが、もちろん返事は聞こえない。

 一瞬、このまま作戦を実行していいものかどうか、迷う。

 考えている間にもエイミーとの距離は近づき、そして彼女が出てきた方の校舎から、イェルドの姿も見えてくる。

 ここまでは予定通り。やるとすれば、ここが唯一の機会だ。


(えぇい! 女は度胸よ!)


 ビアトリスは、すれ違いざま、えいやっ! とエイミーを突き飛ばした。


「キャッ!」


 計画通りエイミーは、中庭に飛びだし転んでしまう。

 グチャッと音がして、泥が跳ねた。

 思いのほか派手に上がった飛沫が、ビアトリスの靴にかかり、それを見た彼女は、形のいい眉をムッとひそめた。


「ちょっと、どうしてくださるの? 私の靴が汚れたじゃない」


 冷たい目で睨みつける。


(よしよし、悪役令嬢っぽいわよ。私!)


 心の中で、ビアトリスは、自分で自分を褒めた。


「…………そんな! 酷いです! 私を突き飛ばしたのは、ムーアヘッド公爵令嬢の方ではないですか!」


 少し間が空いたが、エイミーも、計画通りの言葉を返してきた。

 ちなみに、選択肢は彼女の主張通りのB。相手の目を見て抗議する、である。


「あら? 私がなんでそんな真似をしなければならないの?」


「そんなの私が聞きたいです! でも、どんな理由があったとしても、あなたの行いは許されることではありませんから!」


 言い争ったビアトリスとエイミーは睨み合う。

 そして、ビアトリスはびっくりした。



(え? なんでエイミーったら涙目なの?)


 間近で見れば、エイミーの空色の目は潤み、今にも泣き出しそう。


(私、そんなに怖い顔をしているの?)


 おかしいと思ったのだが、今さら中止はできない。

 続けなければと思って口を開こうとしたタイミングで、背後から声がした。




「――――誰がなにを許されないって? この私に教えてくれないかな?」


 酷く不機嫌な声の方に、ギギギッと音がしそうなぎこちない動きで、ビアトリスは振り返る。



「――――エドさま」



 そこには、眉間にしわを寄せ腕組みをしたエドウィンが立っていた。


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