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エイミーは首をブンブンと横に振る。
「無理! 無理! 絶対、無理よりの無理よ! 私の心はベンジャミンさまのものだもん!」
「もんじゃないわよ! 隣国が滅びてもいいの? その場合、うちの国だって無傷ってわけにはいかないのよ!」
最悪――――いや、エイミーがイェルドを攻略しなければ、確実にそうなる。
「そ、それは、いやだけど!」
「いやならやるしかないでしょう? イェルドを攻略できるのは、あなただけなのよ」
少なくともゲームではそうだ。
ゲーム以外の手段は、あるかないかわからないし、あったとしても不確実すぎて怖い。
エイミーは、うんうんと考えこんだ。
もう一押しと思ったビアトリスは、言葉を続ける。
「もしも隣国と戦争になったなら、間違いなくエドさまは出陣するわよ。安全な場所で見ているだけなんてできない人だもの。たしか、ゲームの中でもそうなっていたわ。……そうなれば、エドさまの側近のベンさまだって戦争に行くのよ」
「え! ベンジャミンさまも?」
エイミーは驚いたようだった。
「で、でも、イェルドルートに彼の出番はなかったのに」
「出番なんてなくても王子の側にいるのがベンさまの仕事だもの、行かないはずがないわ。そして戦に出たならば、ベンさまの生存率はエドさまより確実に低いのよ。……だって、モブキャラなんだから!」
主役、準主役クラスのキャラはなかなか死なないが、モブキャラは呆気なく死ぬ。
悲しいくらい、死んでしまうのだ。
これはゲームの常識だ。
エイミーは、ガ~ン! という表情で顔を強ばらせた。
「ベンさまはモブキャラ、しかもメイン攻略対象者の友人Bというモブキャラなのよ。エドさまの戦争に対するモチベーションを上げるためだけに、あっさり殺されてもおかしくないわ。実際、ゲームではエドさまが『犠牲になった者たちのためにも、私たちは勝たなければならない』って言って、兵の士気を上げるシーンがあるのよ」
「ベンジャミンさまが殺されたとは言っていないんでしょう?」
「ええ。でも隠しキャラルートの主役はイェルドだもの。エドさまについてはそんなに詳しく語られていないわ」
今度は、エイミーはプルプルと体を震わせはじめた。
「死んでも名前もでないなんて! ――――そんなの、許せない!」
「ええ、絶対許せないわ!」
「ベンジャミンさまは、私が守るわ!」
「そうよ。彼を守れるのは、あなただけ!」
力強く叫ぶエイミーの言葉を、ビアトリスは肯定した。
「…………やるわ! やってやる! イェルドを攻略するわ! そして、平和的ハッピーエンドを掴みとるのよ!」
ついに、エイミーは宣言する。
ビアトリスは、パチパチと手を叩いた。
「その意気よ、エイミー! さすがヒロインだわ。大丈夫、私も協力するから」
なにがなんでも成功してもらわなくてはならないのだ。協力でもなんでもするに決まっている。
すると、エイミーの手が伸びてきて、がっしりとビアトリスの手を握った。痛いほどの力で引き寄せられる。
「頼むわよ! 悪役令嬢のあなたの助けがあれば心強いもの! ……あ、でも私の本命はベンジャミンさまだから! 隣国の問題が解決したら、イェルドとは即行別れるわ! それまで絶対抜け駆け禁止よ!」
――――釘を刺されてしまった。
ビアトリスは、思わず出かかった舌打ちを、グッと我慢する。
意外にエイミーはしっかりしている。
「わかったわ。この件が片付くまでは一時休戦しましょう。あなたは私のライバルだけど、協力するからには、お互いに信頼し合わなければならないもの」
万にひとつも失敗するわけにはいかないのだ。やむを得ない。
「絶対よ! 絶対だからね!」
「しつこいわね! 私を誰だと思っているの?」
「悪役令嬢よ! つまりは、私を騙しても不思議じゃない人物でしょう」
「なんですって!」
協力宣言も束の間、ビアトリスとエイミーはギャンギャンと罵り合う。
――――ヒロインと悪役令嬢の共同戦線は、なかなか難しいようだった。




