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その後、エドウィンが退出すると、二人はそれぞれに仕度をして移動することになる。
入れ代わりに年配の女性が現れた。
彼女は王妃さまの侍女長で、昨晩もビアトリスを着替えさせてくれた人だ。
「そのっ! 昨晩は、ありがとうございます」
「仕事ですからお気になさらないでください。昨晩の着替えも、第一王子殿下をしっかり別室に退室させてからいたしましたから、心配はご無用ですよ」
優しく微笑まれて、ちょっと恥ずかしくなる。
しかし、その恥ずかしさは、まったく見覚えのないドレスを三着持ってこられ「どれにしますか?」と聞かれた瞬間に吹き飛んだ。
「へ? ……えっと、このドレスは?」
「ムーアヘッド公爵令嬢のために、第一王子殿下がご用意されたものです」
「――――私のため?」
「はい。お気に召さないようでしたら別のドレスをお持ちします。まだ十着以上ございますから」
口がパカンと開いた。
「内緒でこっそり用意して、驚き喜んでもらいたかったそうですよ」
――――たしかに、驚いた。
しかし、これを喜べるかどうかは、別問題である。
「あの、お気に召されませんでしたか?」
黙りこんでしまった彼女に、侍女長が心配そうに聞いてくる。
ビアトリスは、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「気に入らないなんてないです! このネグリジェも目の前のドレスも、好みのど真ん中ですもの! でも、それが問題なんです」
今にはじまったことではないが、エドウィンはビアトリスの好みを熟知しすぎている。
ビアトリスは泣きたくなってきた。
(ゲームのエドウィンは、完全無欠のメイン攻略対象者だったのに! 最初はクールで、でも仲よくなってからは甘々に溺愛してくれる。それでも、さすがにここまで常識外れな行動はなかったのに。……エドさまの側でゲームと一番違う要素は私よね? つまり、私のせいでエドさまは変わってしまったの? 私がゲームみたいに完璧な人間じゃないから、エドさまの庇護欲だか保護欲だかを煽りすぎているのかしら?)
百歩譲って、このドレスやネグリジェを許容するとしても、贈る相手が悪役令嬢のビアトリスだなんて、いろいろ間違っている。
頭をかきむしりたい思いを堪えていれば、目の前の侍女長が頷いた。
「――――ムーアヘッド公爵令嬢のお気持ちは、よくわかります。たしかに、第一王子殿下の愛情表現は、少々重すぎる面がありますから」
「……少々?」
あれを少々と評していいものか?
ビアトリスが首を傾げれば、侍女長はコホンとひとつ咳をした。
「しかし! そこを伏してお願いいたします。どうか、殿下のお心遣いを受け入れてくださいませんか」
年を経て洗練された所作で、侍女長は頭を下げる。
「え? あ、あの」
戸惑うビアトリスに向かって、さらに言葉を重ねてきた。
「ムーアヘッド公爵令嬢に出会うまでのエドウィンさまは、本当の意味では生きておられませんでした。……少なくとも私にはそう思えたくらいのご様子でした。ご誕生のおりから、王妃さまの侍女としてエドウィンさまのお世話をしてきた私ですが、その私に対してさえ幼いエドウィンさまは常に無表情。我儘も言わず癇癪もおこさず、笑うことも泣くこともなく淡々とすごしておいでだったのです。そんな王子殿下に、陛下も王妃さまも、私たちお側で仕える臣下一同も、みんな心を深く痛めておりました」
当時を思いだしたのか、侍女長の表情が苦しげに歪んだ。




