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13

 とたん、エドウィンの表情が、ピシリ! と、強ばる。

 ゆっくりと、ベッドの上に体を起こした。


「…………下がれ、ベンジャミン」


 発せられたのは、聞いたこともないような冷たい声。


(え? ベンさま!)


 思いも寄らぬ名を聞いたビアトリスは、慌ててキョロキョロと周囲を見回した。

 しかし、部屋の中には彼女とエドウィン以外誰もいない。


『下がれもなにも、部屋の中に入れてもくださらないくせに、これ以上どこに控えろって言うんですか?』


 呆れたような声が聞こえてくるのは、扉の向こう。

 どうやらベンジャミンは、隣の私室にいるらしい。


(そうか。侍従候補だから、隣室に控えているのね。……え? ひょっとして、今からお会いできるのかしら?)


 喜んだビアトリスだったが、その希望はすぐに潰えた。


「部屋から出ていけ! いや、城から出ていけ!」


 なんと、エドウィンは、そう命令したのだ。


「そんな! エドさま。そんな言い方をされては――――」


 たしなめようとしたビアトリスの言葉を、扉の向こうのベンジャミンが遮る。


『はいはい、すぐに出ていきますけれど、本当にいい加減になさってくださいよ。嘘だと言うタイミングを逃して、後で婚約者に嫌われたかもしれないと落ちこむ殿下の面倒を見るのは、ごめんですからね』


「ベンジャミン!」


『はいはい』


 呆れたような声が響いて、やがて静かになった。

 きっとベンジャミンは出ていったのだろう。

 頭ごなしに出ていけと命令された割には、彼の口調には怒った風も、悲しんだ風もない。

 エドウィンとベンジャミンのやり取りは、いつもこんな感じなのかもしれなかった。


(男同士の友情ってやつなのかしら? 好きなことを言い合える間柄ってことよね? なんだか羨ましいわ。……ああ! でも、せめて一目ベンさまにお目にかかりたかった!)


 ビアトリスは、心の中で悔しがる。


(それにしても、――――先ほどベンさまは『嘘』って言っていらしたわよね? エドさまが嘘をついているってことなのかしら?)


 疑問に思ったビアトリスは、ジッとエドウィンを見つめる。


「ああ、もう!」


 苛立たしそうにそう呟いたエドウィンは、クシャリと髪を握った。

 大きく息を吐きだして肩を落とす。




「エドさま?」


「……私とビアーテは、一緒に寝ていないよ」


「え?」


「私は、私室のソファーで眠った。ビアーテをベッドに運んでから寝室には鍵をかけて、その鍵はベンジャミンが預かって出ていったから、君が心配するような事態にはなっていないから」


 ビアトリスの体から、ドッと力が抜けた。

 安堵のあまりベッドに倒れそうになる。

 どうやらひと晩中一緒にいたわけではないらしい。

 よかったよかったと喜んでいれば、エドウィンが苦笑した。


「この部屋にも、私はついさっき入ってきたばかりなんだ。普通に起こして事情を説明するつもりだったんだけど、あんまりビアーテが気持ちよさそうに眠っているから、ついついいたずら心をだしてしまった。ベッドに入って声をかけたら、目を覚ました君が焦ってあわあわしている姿があんまり可愛くて、からかってしまったんだ。……ごめんね」


 素直に謝られてしまえば、それ以上強くも言えなかった。

 なんといってもビアトリスは、エドウィンのベッドを占領してしまったのだ。


(自分はソファーで寝たのに、相手はふかふかのベッドでグウグウ寝入っているんだもの。ちょっといたずらしてやろうって気になっても仕方ないわよね。もしも私がエドさまの立場なら、問答無用でベッドから蹴り落としていたかもしれないわ)


 そう思えば、さほど腹も立たない。


(まあ、無茶苦茶、死にそうなほど、焦ったけど!)




「ビアーテ? ……許してくれるかい?」


 考えこんでいれば、不安そうなエドウィンの声が聞こえてくる。

 見れば、彼の形のよい眉が下がっていて、黒い目は不安そうに揺れていた。


(まるで叱られている子どもみたい)


 思わず吹きだしそうになる。

 そういえば、前世で悠人も時々こんな情けない顔になっていたことがあったなと、懐かしく思いだした。

 なんでも無難にこなし、失敗することのない悠人だが、たまに千愛の機嫌を損ねることがあったのだ。まあ、そのほとんどは、千愛のことを思いやりすぎての暴走だったのだが。


(ちょっと『可愛い』って言った高級ブランド品をたくさん買おうとしたり、一緒に出かけても一切私にお金を払わせてくれなかったり、そうそう、具合が悪かったのに平気なフリで私の買い物につき合ってくれたこともあったわよね)


 そのたび千愛は、ものすごく怒った。

 悠人は平謝りに謝るのだが、そのときの表情が今のエドウィンにそっくりなのだ。


(イケメンってこんなところも似ているのね)


 ビアトリスは、笑いを堪えてエドウィンを見上げた。


「もちろんです。元はといえば、マッサージの最中に眠ってしまった私が悪かったのですから」


「そんなことはないよ。私の悪ふざけがすぎた」


「では、おあいこですね」


 ニッコリ笑いかければ、エドウィンもホッとしたようだった。


「ああ。そう言ってくれると嬉しいな」


 二人は穏やかに笑い合う。


(ああ、こういう笑顔も悠兄に似ているわ)


 ビアトリスは、しみじみとそう思う。

 そして、ふと疑問に思った。


(なぜかしら? 私ったら、最近よく悠兄を思いだすみたい?)


 それもエドウィンと会っているときに。

 二人がよく似ているせいなのだろうが、以前はこれほど頻繁ではなかったような気がする。


(今さらホームシック? 生まれ変わって、もう十五年以上経つのに)


 そんなことがあるのだろうか?


(よくわからないけれど、でも悠兄を思いだすのはいやじゃないわ)


 たまにはいいかと、ビアトリスは思った。


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