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その後、二人は、予定より早めに舞踏会を切り上げ退出する。
そのまま王宮のエドウィンの私室へと移動した。
「陛下と王妃さまに悪かったでしょうか?」
「そんなことはないさ。気にしなくていいと言われただろう?」
たしかに言われたし、むしろ早めに抜けることを喜ばれていたように見えた。
『最近は、ずっと仕事をしてもらってばかりだったからな』
『ゆっくりしていって。なんなら今夜は城に泊まってもいいのよ』
幼い頃からのつき合いで、国王も王妃もビアトリスに優しい。二人ともエドウィンと彼女の結婚を楽しみにしていて、我が子同然に可愛がってくれるのだ。
(それが、とても心苦しかったりもするんだけど。……だって私はエドさまに婚約破棄してもらいたいと思っているから)
乙女ゲームのシナリオ通り進めば婚約を破棄してくるのはエドウィンの方だが、それを望む自分が、二人を裏切っているような気がしてしまう。
「そうだわ! 陛下や王妃さまにもマッサージをするのはどうでしょうか?」
喜んでもらえるかもしれない!
そう思ったビアトリスは、罪悪感を減らすため、そんな提案をした。
ところが、即座にエドウィンから否定されてしまう。
「ダメだ!」
「エドさま?」
「ビアーテのマッサージを受ける権利は、私だけのものだ! たとえ父上母上といえど、譲ることはできない!」
きっぱりと言い切られて、驚いた。
(そんな、権利なんて言われるほどのものじゃないでしょう?)
「たかがマッサージですよ?」
「たかがなんて言わないでほしい。私は本当に楽しみにしているんだよ」
見つめてくる黒い瞳が、真剣だ。
そんなにマッサージが楽しみなのだろうか?
(平気そうに見えるけど、実はエドさま、とっても疲れているのかもしれないわ)
簡単なマッサージでさえこんなに楽しみだなんて、よほど疲れが溜まっているに違いない。
そう思ったビアトリスは、俄然張り切った。
「わかりました! では、急いでいたしましょう」
自分から引っ張るようにして、エドウィンの部屋へと入り、ベッドにもなるロングソファーに彼を座らせる。
「まず背中から押しますね。上着を脱いでうつ伏せに寝てください」
ビアトリスの指示にエドウィンは嬉しそうに従った。
「君に『脱いで』なんて言われると、ドキドキしてしまうね」
脱ぐのは上着一枚である。
なにを言っているのかと思ったが、それより早くはじめなければならない。
(もうかなり遅い時間のはずだもの。さすがに、お泊まりはないわよね?)
彼の背中に手を置き、力を入れようとする。
すると、その瞬間、うつ伏せになったエドウィンが「ああ!」と悲しそうな声を上げた。
「ど、どうしました? エドさま」
まだ軽く触れただけなのに、どこか痛かったのだろうか?
「この体勢だと、ビアーテの顔が見えない」
悲痛なエドウィンの声を聞いたビアトリスは、ガクンとこけそうになった。
マッサージで、相手の顔を見る必要はどこにもないはずだ。
「エドさまったら、私の顔なんていつでも好きなときに好きなだけ見られるじゃないですか」
「それはそうだけど。……でも、マッサージをするときの真剣な表情が好きなのに」
まるでその表情を見たことがあるようなセリフである。
「エドさま?」
「あ、ああ。ごめん、気にせずはじめていいよ。あんまり嬉しくて混乱したみたいだ」
優秀なエドウィンでもそんなこともあるらしい。
(やっぱり疲れているのね。頑張らなくっちゃ!)
「わかりました。エドさまが少しでも楽になれるように努めますね」
そう言って、ビアトリスは、今度こそマッサージをはじめた。




