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そして、それから一時間後――――。
クルリクルリと視界が回り、フワリフワリとドレスの裾が翻る。
「――――本当かい? ビアーテ」
踊りながら問いかけられて、「はい」と頷いた。
舞踏会もたけなわ。エドウィンとビアトリスは、もう何度目かも数え切れないダンスを楽しんでいる。
(普通は、こんなに何度も同じ相手と踊るものじゃないみたいなんだけど)
何故か昔からビアトリスは、エドウィン以外の男性と踊ったことがない。
(あっと、違うわ。お父さまとお兄さまとは、何度か踊ったことがあるわ)
親兄弟を男性の数に含めていいかどうかはわからないが、ともかく、ビアトリスのダンスの相手は、ほぼエドウィンのみだ。
(まあ、私自身よく知らない相手とくっついて踊るなんていやだから、現状に不満はないんだけど)
ダンスというものは、どうしてああも相手との距離が近いのだろう? ほぼ見ず知らずの男性とぴったり接近して踊るなど、ビアトリスにとっては苦痛でしかない。
なので、エドウィンだけと踊ることは、彼女的にOKだった。
今のところ社交上でも問題になっていないので、当分このままでいいのではないだろうか。
(もちろん、ダンスのお相手がベンさまなら、話は別だけど)
ベンジャミンとならば、くっついて踊ってもかまわないと思う。
…………そう思ったはずなのだが、
……いや、やっぱりどうだろう?
彼と踊る自分を想像しようとしたビアトリスは、少し首を傾げる。
あまりうまく思い描けなかったのだ。
(エドさま以外の人と踊る、私? ……なぜかしら? 全然そういうシーンが、頭に浮かばないわ)
考えようとすればするほど、相手の顔がぼやけてしまい眉間にしわが寄ってくる。
それでもなんとか想像しようとしたのだが、ちょうどそのタイミングで、エドウィンが予定外のステップを踏んできた。
(あら?)
少し驚いたものの、長いつき合いでこういった不意打ちに慣れているビアトリスは、自分のステップを大きくすることで、余裕で動きを合わせる。
すると、その流れのままに、今度は、エドウィンが彼女の体を持ち上げクルリと回してきた。
束の間の空中遊泳を味わったビアトリスは、トンと軽やかに床に降りる。
ふわっと膨らんだドレスのスカートが、パサリと落ちた。
その瞬間、周囲から「ワッ!」という歓声が上がり、拍手が湧き起こる。
「もうっ! エドさま! いきなりは困ります。いつも合わせられるとは限らないんですよ」
ダンスを終え、二人そろってお辞儀をしながら、ビアトリスは小声で抗議した。
「ごめん。嬉しすぎて感情が爆発した」
爆発ってなんだろう?
「爆発なんて、大袈裟ですわ。私が『ちょっとマッサージしましょうか?』って、言っただけじゃないですか」
今から数分前。ダンスをしながらビアトリスは、エドウィンにマッサージの提案をしたのだ。
馬車の中ではエドウィンの好きな色の情報しか得られなかったので、ベンジャミンの情報を得るチャンスがほしいと思ったから。
(もっとも、マッサージと言っても、肩揉みとせいぜい背中を押すくらいだけど)
その結果が感情の爆発とか、おかしいと思う。
「そのちょっとが、これ以上ないくらいに嬉しかったのだから、仕方ないよ」
エドウィンは、満面の笑みを浮かべてそう返してきた。
(そんなに喜ばれることでもないような気がするんだけど? ……ああ、でも、そういえば悠兄も、私がマッサージしてあげるって言うと、ものすごく喜んだわよね)
イケメンは、みんなマッサージが好きなのだろうか?
たしかに彼らは普通の人より、疲れが溜まりそうだ。
(少なくとも悠兄の肩と背中はガチガチだったわ)
「ビアーテが私にしてくれるっていうことに、意義があるんだよ」
そう言いながらエドウィンは、近寄ってきた使用人から赤いジュースの入っているグラスを受け取った。
「はい。プラムジュースだよ」
濃厚な甘さと爽やかな酸味を同時に味わえるプラムジュースは、ビアトリスのお気に入りだ。
どうやらエドウィンは、ダンスの終わるタイミングで飲めるように手配してくれていたらしい。
「ありがとうございます。エドさま」
こういう完璧な気配りには、いつも感心してしまう。
(エドさまったら、私が、いつなにがほしいかを、私よりよく知っているみたい)
踊り疲れた体に、ジュースの甘さが染み渡る。
(マッサージ、頑張ろう)
グラスを握る手に、そっと力をこめるビアトリスだった。




