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「エドさまのお好きな色はなんですか?」


「急にどうしたんだい?」


 舞踏会へ向かう馬車の中、突然発したビアトリスの質問に、エドウィンは目をパチパチと瞬かせる。


「知りたいと思ったんです。――――あ、でも、銀と緑以外でお願いします」


 好みを知る第一歩は、色彩から。そう決めたビアトリスは、早速エドウィンに質問する。

 エドウィンが銀色のものと緑色のものを好んで身につけるのは、周知の事実だ。現に今も一分の隙も無い正装姿の彼は、銀の光沢も美しい正絹のクラバットにエメラルドのリングを留めている。


(でも、それって私の色なのよね)


 ビアトリスの髪は銀で、目は緑。エドウィンが銀色と緑色を身につけるのは、それが婚約者の持つ色だからに他ならない。


(どうせ贈り物をするなら本当にエドさまが理屈抜きで好きな色の方がいいもの。……そしてその後は、さり気なくベンさまの好きな色を聞くのよ!)


 真剣にビアトリスが見つめれば、エドウィンは困ったような笑みを浮かべた。


「銀と緑は、本当に私の好きな色なのだけれどね。……う~ん、そうだな。それ以外であれば、青かな」


 青は、エイミーの目の色だ。

 ビアトリスの胸にチクッと小さな痛みが走る。


「ああ、でも青と言っても、昼間の明るい空の青色じゃないよ。夜明け前、あるいは日没後の一時に見える空の深い紺青だ」


 エイミーの目の色は、晴れ渡った春の空に似た淡く薄い青色だ。

 ビアトリスは、ホッと安堵の息を吐いた。


(え? なんで私、こんなに安心しているの?)


 自分で自分の心を不思議に思いながら、ビアトリスは首を傾げる。


「なにか思い入れのある色なのですか?」


「……うん。そうだね。とても大切な思い出の色だよ」


 どうやらエドウィンには、夜明け前か日没時に、心に残る思い出があるらしい。


(私絡みじゃないわよね? エドさまとそんなことがあった覚えはないし)


 なんとなく気持ちが落ちこんでしまう。

 モヤモヤとする気分を晴らしたくて、窓の外を見た。

 今は夕暮れ時で、王都の街並みは夕焼けのオレンジに染まっている。もうしばらくすれば、空は藍色に染まり、エドウィンの言う深い紺青が見られるかもしれない。


(日没時と、あとは夜明け前。……そう言えば、悠兄と一緒にとっても綺麗な濃い青色の空を見た思い出があるわ)


 あれは、いつのことだっただろう。

 よく覚えていないから、きっと幼稚園の年少か未満児くらいの幼い頃。

 あまり寒さは感じなかったから季節は春か夏。

 ビルや電柱の見えない広大な景色は、かなり田舎だったのだと思う。


(うちと悠兄の家族は、時々一緒に旅行に行っていたから、きっとその中のどれかの景色じゃないかしら? 私と悠兄だけ早く起きちゃって、二人で冒険したような気がするわ)


 小さな子どもの冒険だから、そんなに遠くに行けたとは思わない。きっと数百メートルくらいの距離を二人で歩いただけだろう。

 でも、不思議と胸のワクワクドキドキと、泣きたいくらい美しい空の紺青、そして悠兄の手のぬくもりだけは、覚えていた。


(なにかを言われて、うんって頷いた覚えがあるわ。悠兄がものすごく嬉しそうに笑って、私もとっても嬉しかったの)


 それは、千愛と悠人の思い出。ビアトリスとエドウィンのものではない。


(エドさまにも、そんな思い出があるのかしら?)


 またチクッと胸が痛んだ。


「こ、紺青ですね?」


 そんな痛みを感じたことを不思議に思いながら、エドウィンにたしかめる。


「ああ。……でも、やっぱり一番は銀と緑かな?」


「銀と緑は二つだから、一番とは違いますわ!」


「違うよ。どちらもとても大切な私の一番だ」


 きっぱりと言い切られて、ビアトリスは困った。

 なんと言い返そうかと思っているうちに、エドウィンの右手がビアトリスの方に伸びてくる。

 大きな手が、銀の髪を一房手にとった。


「……綺麗だ」


 黒い目が、ジッとビアトリスを見つめてくる。


(そ、それって、髪が? それとも、目が? それとも――――)


 ビアトリスの頬が、カッと熱くなった。


「ビアーテ、頬がリンゴのようだよ。……その赤も好きだな」


「エドさま! からかわないでください!」


「からかってなんていないよ。本当に好きなんだから、仕方ない」


「エドさま!」


 焦ったビアトリスの声が、馬車の中で大きく響く。

 結局、紺青色が好きだということ以外は、エドウィンの情報を手に入れらず、当然ベンジャミンの情報も探れなかったビアトリスだった。

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