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演劇鑑賞は、たいへん素晴らしかった。
最初のうちはベンジャミンに会えないことが気にかかり、集中を欠いてしまったビアトリスだが、エドウィンも演劇好きだとわかってからは二人揃って舞台に注目。演者に感情移入して、泣いたり怒ったり笑ったりと、忙しくも楽しい時間を過ごした。
(まあ、泣いたのは私だけだったけど。エドさまったら、すかさずハンカチを貸してくださって、本当に対応がスマートだったわ。さすが本物の王子さまよね)
最後の大団円では、感動にむせぶビアトリスの肩をそっと引き寄せてくれた。
舞台上のヒロインとヒーローも、同じポーズで寄り添っていて、気分が大盛り上がりしてしまったのも仕方ないだろう。
(思っていた以上に周囲から注目されていて、翌日の新聞にスクープされてしまったのは困ったけれど)
『未来の王子夫妻、仲睦まじく演劇ご鑑賞』
『エドウィン第一王子、ご婚約者への熱愛ぶりを披露』
『幸せなお二人に、舞台の出演者も拍手喝采』
等々、読んでいて赤面してしまう記事が一面に載っていた。
恥ずかしすぎて、当分観劇には行きたくない……というか、行けない。
(本当は、今夜の舞踏会にも参加したくないんだけど)
しかし、今夜は王家主催の舞踏会。将来婚約破棄されるとはいえ、今はまだ王子の婚約者のビアトリスが、恥ずかしいからという理由だけで欠席できるはずもない。
(それに、またドレスもアクセサリーも、エドさまから贈られてしまったし)
どんなに必要ないと伝えても、彼はビアトリスへの贈り物を止めない。
「婚約者を着飾らせるのは、男の本望だよ」
そんな本望は捨ててほしいと、思う。
エドウィンのセンスは抜群で、王都一の高級洋服店が仕上げてくるオーダーメイドのドレスは、ビアトリスの好みドンピシャな文句のつけようのない物ばかり。
(凜とした雰囲気の中に可愛さもあるような、こんな素敵なドレスを贈られたら、着ないでいられるはずがないわ!)
しかも自慢じゃないが、ビアトリスに、とてもよく似合っている。
その出来映えは、たとえ彼女自身が注文して仕立てたとしても、これほど自分を引き立てるドレスは作れないだろうと思われるほど。
銀の髪を複雑に結い上げて、美しいドレスに身を包んだ完璧な美少女が、鏡の中から困ったような顔をして見返してきた。
(どうしてエドさまは、いつもこんなに私にピッタリのドレスを注文できるのかしら? アクセサリーだってなんだって、今までいただいた中に、私の気に入らない物はひとつもなかったもの。……まるで、私以上に私のことがわかっているみたい)
五歳のときから十年以上婚約者として、二人は一緒に過ごしてきた。だからなのかとも思うのだが、では、ビアトリスが、ここまでエドウィンの好みに合う贈り物を選べるかと問われたら、まったく自信はなかった。
ビアトリスは、将来婚約破棄される予定のかりそめの婚約者。だから、そこまでエドウィンのことがわかる必要はないだろう。
(それより私の知りたいのはベンさまの好みよね! 思いっきり貢ぎたいんだけど、主人を差し置いて従者に貢ぐとか、いくらかりそめでもエドさまの婚約者としてはダメなことよね? なんとかできないかしら?)
鏡を見ながら考える。
――――そして、ふと思いついた。
主人を差し置かなければ、いけるんじゃないだろうかと?
(エドさまに贈り物をしてそのついでという形ならどうかしら? まずはエドさまを立てておいてから不自然でない範囲でベンさまに貢ぐ! 我ながらグッドアイデアだわ!)
鏡の中の令嬢が、パァーッと花が開いたように笑った。
(……ああ、ベンさまは、なにをあげたら喜んでくださるかしら? そうだ、最初にエドさまの好みを聞いて、一緒にさり気なくベンさまの好みも調べよう!)
「――――お嬢さま、エドウィン第一王子殿下がお迎えにいらっしゃいました」
そのとき、鏡に映るドアが開いて、ムーアヘッド公爵家の執事が現れ、頭を下げる。
「はい。今いきます」
ビアトリスは、スッと立ち上がった。
鏡の中に、背筋を伸ばした美しい公爵令嬢の後ろ姿が映る。
凜として歩く王子の婚約者が、彼の従者への貢ぎ物の選定で頭の中をいっぱいにしているなど、誰もわからぬことだった。




