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 そんな千愛の心も知らず、今日も今日とて悠人からのメッセージが入ってくる。


『千愛、明日の講義は一限からだよね? いつもの時間に車を出すから、一緒にいこう』


 千愛は大きなため息をついた。


(本当に悠兄は、まめで優しいのよね。……まあ、それが今の私にとっては、諸悪の根源なんだけど)


 悠人がもう少し気の利かないズボラな男であったなら、ここまでモテず、千愛も嫉妬されずに済んだのかもしれない。

 理不尽な嫉妬からのいじめを受け続けている千愛にとって、悠人の気づかいは、はっきり言ってありがた迷惑。できればもう少し控えてほしいと思っている。


(悠兄が悪いんじゃないってことは、よくわかっているんだけど……でも、最近はちょっと怖いなって思うこともあるし……明日は一緒にいくのは断わろう)


 そう思った千愛は、悠人に断りのメッセージを入れた。


『ゴメン、一限休講になったの。午後の授業も単位は足りているから休むつもり』


 しばらく反応がなかった携帯が、ピュロンと音を立てる。


『――――また、なにかあった?』


『ナイナイ、大丈夫』


 相変わらず悠人は、鋭い。たしかに陰口を叩かれてしまった千愛だが、あれくらいは日常茶飯事。いちいち気にしていてはまともに暮らしていけない。


(もっと露骨で嫌なモノもあるし。それに比べたら、あんなのノーカウントだわ)


『ならいいけど。ああ、明日の夕食の約束は忘れていないよね? 一日休みだからってゲーム三昧で過ごして、すっぽかしたりしたら許さないからね』


 千愛は、ドキッとした。


『ハハハ、やだなぁ。忘れるはずないじゃない。悠兄の誕生日のお祝いなんだもの』


 明日、悠人は二十一歳の誕生日を迎える。そのプレゼントとして、千愛は彼から一緒に夕食をしてほしいとお願いされているのだ。

 場所は有名な高級レストラン。予約をしたのも悠人なら、支払いも悠人持ち。

 それでは誕生日プレゼントにならないだろうと、一旦は断わろうとした千愛なのだが、一緒に食事をしてもらえることが嬉しいのだと主張され、結局了承させられてしまった。


(だって、あんなに必死で頼まれたら、イヤって言えないわ。……それに、悠兄には今までもいろいろもらっているし)


 千愛に甘い一歳上の幼なじみは、昔からイベント毎のプレゼントを欠かしたことがない。しかも、すべて心のこもったメッセージカード付きで、なおかつ手渡しだ。

 この現状が続く限り、千愛への嫌がらせは減りそうになかった。


(でも、ずっとこのままってわけにはいかないわ。悠兄に恋人でもできれば変わると思うんだけど――――どうして悠兄を好きになる人たちは、私をいじめようとするのかしら?)


 千愛を邪険にするような相手を悠人が気に入るはずもない。結果、彼女らはみんな振られて、負の悪循環が回り続けている。


(どうしよう? 一番確実なのは、物理的に距離を置くことだけど……悠兄が私から離れようとするとは思えないし。もう、私がどこか遠くへいくしかないのかな?)


 このとき、千愛が考えていたのは、地方への移住とか海外留学とか、その程度のことだった。決してそれ以上を考えていたわけではない。


『――――千愛? なにを考えているの?』


『別になにも。……明日の誕生日楽しみだね、悠兄』


『ああ、ホントに』


 まさか、明日の悠人の誕生日が、彼との今生の別れになるなんて、知る由もない千愛だった。






 そして翌日、予約していた高級レストランの玄関先で、千愛は倒れていた。

 お腹が熱くて、痛くて、苦しくて、たまらない。


「あなたが悪いのよ! あなたがいつまでも柴田さまにつきまとうから! だから! だから! だから!」


 髪を振り乱し半狂乱で叫ぶ女性の手には、真っ赤な血に塗れたナイフが握られている。

 ポタポタと刃から滴り落ちている血は千愛のもので、倒れた彼女の周囲にも同じ血がドクドクと流れ広がっていた。

 人通りの多い道路沿いに建つ店先の凶事に、あちらこちらから悲鳴が上がる。


「キャー!」

「警察だ!」

「救急車!」

「早く! 早く!」


 千愛は、先ほど悠人と一緒に食事をするために、彼の車で店までやってきたばかり。先に店の近くで車から降ろしてもらい、悠人が駐車場に車を停めにいっているのを待っている間に、事件は起こってしまった。

 ナイフを持って現れた女性が千愛を刺したのは一瞬のこと。

 気づけば千愛は倒れていた。

 とてつもなく気持ちが悪くって、意識がもうろうとしてくる。


「離して! 離してよ! 私は悪くないわ!」


 ナイフを取り上げられた女性が、数人の男性に取り押さえられ喚いていた。

 人を刺しておいて、自分が悪くないなんて、どの口が言えるのか。



「――――千愛!」



 かすれゆく意識の中、ひとつの声が大きく聞こえた。


「千愛! 千愛! 千愛!」


 悠人のイケメンボイスが、みっともなく泣き叫んでいる。

 急速に暗くなる視界の中に、グシャグシャに歪んだ悠人の顔が映った。


「死ぬな、千愛! もうすぐ救急車がくる! 意識をしっかり持つんだ! 死ぬな! ――――頼む、俺を置いて死なないでくれ!」


 千愛だって死にたくない。

 でも、こんなに痛くて苦しいのは、はじめてだ。

 それにさっきから、寒くてたまらない。

 きっと死んでしまうのだろうなと、思った。



「千愛!」



 ……もう、悠人の顔が見えない。

 最後に見たのは酷い泣き顔なのに、イケメンはやっぱりイケメンだった。


(理不尽だわ。……やっぱりイケメンなんてろくでもない! モブが一番よ!)


 それが、地球での千愛の最後の思考だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] いじめられ続けた上に殺された千愛が1番可哀想なのはもちろんなんだけど、悠兄があまりにも可哀想すぎて泣ける
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