3
その後ビアトリスは、それまで以上に学園に通えない日々を過ごすことになる。
当然、ベンジャミンにはまったくといっていいほど会えなかった。
(ああ、私がこうしている間にも、ベンさまとエイミーは仲良くなっているかもしれないのに!)
なんとしても、それを止めたい!
我慢できなくなったビアトリスは、一計を案じることにした。
自分が学園に行けないのなら、相手にきてもらえばいいのである。
(さすがにベンさまをお呼びすることはできないけれど、エイミーなら可能じゃないかしら?)
幸いにして、ビアトリスとエイミーは同じクラス。男爵令嬢でしかないエイミー一人を公爵家に呼びつけるのは悪目立ちしそうだが、クラスの令嬢全員を招くならおかしくない。
(親睦会と称してみんなと一緒にエイミーを呼び出して、ベンさまに手を出さないように釘を刺してやるわ! 問題は、どうやってそれをするかだけど)
エイミーのあの様子では、下手な脅しは効かないだろう。
(っていうか、あまり汚い手を使って、それをベンさまに告げ口されたらいやだもの)
金銭をチラつかせての懐柔も無理そうだなと思う。そんなことに飛びつく相手なら、最初からモブより金も名誉もある王子を狙うに決まっているからだ。
ウンウンと悩んだビアトリスは、乙女ゲームのイベントの一つを思い出す。
(ああ、あれがピッタリじゃないかしら? 強制的にあのイベントを起こせば、私の婚約破棄の話も進みそうだし……よし、これでいきましょう!)
ビアトリスは、上機嫌でエイミーや他の人たちへの招待状を書きはじめた。
そして、クラスのご令嬢たちを招いての親睦会の日を迎える。
「皆さま、よくいらしてくださいました。最近はなかなか学園にも行けないので、こうしてお会いできて嬉しいですわ。どうぞごゆっくりしていってください」
ビアトリスの挨拶に招待したご令嬢たちから歓声が上がった。彼女たちの目の前に、王宮の晩餐会もかくやという豪華な料理の数々が美しく盛り飾られ、一目で高級品とわかる皿やグラス、カトラリーと一緒に色とりどりの花々に囲まれていたからだ。
会場内の雰囲気もさすが公爵邸というべき煌びやかさで、ご令嬢たちのテンションも高くなる。
そんな中、一人警戒心も露わに周囲を見回している少女がいた。
言わずもがななエイミーである。
「クラスで一人でも欠席者がいたら、親睦会を無期限延期にするだなんて言われたから、仕方なく参加したけれど……あのビアトリスが私を招くなんて、何か裏があるに決まっているわ」
ブツブツと呟く言葉は不信感に満ちている。
「あら? そんな風に思われていたなんて、悲しいですわ」
「出たわね! 悪役令嬢」
こっそり近づいたビアトリスが囁けば、ビクッとしたエイミーは、振り返りざまにそう叫んだ。
「シーッ!」
思わずビアトリスは人差し指を立てて口に当てる。
エイミーは慌てて自分で自分の口を押さえた。
幸いにして周囲のご令嬢たちは、美味しい料理に夢中。誰もこちらを見ていない。
フーッと大きく息を吐き出したビアトリスは、エイミーを睨みつけた。
「もうっ、発言には気をつけてくださらない。おかしな人だと思われたらどうするの?」
「ご、ごめんなさい――――って! それもこれも、あなたが私を招待なんてするからでしょう? いったいどういうつもりなの?」
謝りかけたエイミーは、ハッと気づいてビアトリスを睨み返した。
ビアトリスは、フフッと笑う。
「そんなに警戒しないで。あなたと私は同じ日本からの転生者。ちょっと意見の食い違いはあるけれど、親しく語り合いたいって思ってもいいでしょう?」
エイミーは、可愛い顔をいやそうに顰めた。
「ちょっと?」
「ええ」
「じゃあ、私のベンさまに近づかないでくれますか?」
エイミーにそう言われたビアトリスの頬が、ヒクヒクと引きつる。
「誰のベンさまですって?」
「私のです!」
二人は、ビシバシと睨み合った。
しかし、今回はビアトリスが先に折れる。
「…………はぁ、今日はこんな言い争いをするためにあなたを呼んだんじゃないの。ゲームのこともあるけれど、他のことでも話をしたいと思ったのよ。とりあえず、場所を変えて二人で話しましょう」
ビアトリスがそう言って誘っても、エイミーは警戒を解かなかった。
青い目を不信感でいっぱいにして睨んでくる。
「他のってどんな話ですか?」
「そうね。まず自己紹介とか。私、N女子大の英文学部だったんだけど、あなたは?」
「えぇっ? N女! 私、S女子高の三年で、N女は志望校でした」
ビアトリスの話に、思わずエイミーが食いつく。一歩近づいたところでハッとして、狼狽えたように目を逸らした。
ビアトリスは、クスクスと笑い出す。
「ね、いろいろお話できると思うでしょう?」
今度はエイミーも否定せず、黙って頷いた。
(そうだと思ったわ)
なんだかんだ言ったって日本の話は懐かしい。この世界で二人だけしかできない話をする機会を断るだなんて、自分だったら絶対できないとビアトリスは思ったのだ。
まんまとエイミーの注意を引いたビアトリスは、上機嫌になる。
「休憩用の個室をいくつか用意してあるの。皆さんには疲れたら自由に使ってと伝えてあるから、私たち二人が少し抜けても誰も気にしないわ。……さあ、こっちよ」
先に立って歩き出せば、エイミーは黙って着いてきた。
(作戦、第一段階成功!)
こっそり拳を握りしめるビアトリスだった。




