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そんな感じで、今日は展示即売会。
昨日は、今後エドウィンが成人した場合に移り住むことになる王子宮と呼ばれる別棟の改装打ち合せ。
一昨日はなかったが、一昨昨日は新しくできた音楽堂での演奏会というように、ビアトリスとエドウィンは、ほとんど連日学園を欠席していた。
そして参加しているのは、公務というべきかどうか微妙な行事ばかりだ。
(まあ、たしかに王族の仕事っていえば仕事だけど、なにも無理矢理学園に在籍している私たちにさせなくてもいいようなものばかりよね?)
特に昨日の王子宮の改装打ち合せは、エドウィンだけの出席で十分だった。
(なんで、壁紙とか内装を決めるのに私の意見が必要なのよ? それに、ベッドの大きさやマットレスの、か、硬さとか!)
あれは、へたすりゃセクハラだ。
まあ、仕事熱心で真面目な職人さんたちばかりだったので、訴えはしないけど。
(しかも、ベンさまはいないし!)
ベンジャミンは、従僕候補筆頭とはいえ、まだ公式の場で王子に付き従えるほどの立場ではない。
そういった行事に参加してもベンジャミンはいないのだ。
(少しでも会える可能性があるのは学園だけなのに、まともに登校できないなんて、どうにもならないじゃない!)
たいへん由々しき事態だった。
なんとかしなければと思ったビアトリスは、エドウィンに直談判を試みる。
展示即売会の会場に入る前に、二人きりになった機会をとらえ、話を切りだした。
「エドさま、私たち学生の本分は勉強です。エドさまが王族であり私がエドさまの婚約者であるため、公務で授業免除も認められているところですが、それは必要最低限のはず。こうも度々は、おかしいと思います」
「そうかな?」
「はい。このような状態が続くようでは、学問と公務の両立は難しいです」
懸命にそう訴えれば、エドウィンはニッコリと笑う。
「わかった。ならば、学園をやめようか?」
「え?」
ビアトリスは、目をパチパチと瞬いた。
(学園をやめる?)
まさか、そうくるとは思わなかった。
「私も君も、幼いときから受けている王族教育で、既に学園で学ぶ範囲の勉強は終えている。勉強面だけを見るのなら、学園に通う必要はないんだ。それをあえて通っているのは、社会性を身につけるため。だけどそれは公務に参加することでも身につけることはできるよね? 両立できないのなら、どちらを削るかは考えるまでもない」
まるっきり想定外の言葉に、ビアトリスは動きを止めた。
エドウィンは、一歩、彼女に近寄ってくる。
至近距離から背をかがめ、顔をのぞきこんできた。
「……うん。そうだな。早めに卒業して、すぐに結婚するのもいいかもしれないね?」
艶然と笑う。
「け、け、結婚?」
ビアトリスは、慌ててブンブンと首を横に振った。
(どうしてそうなるの?)
「わ、私は、少し公務を減らせないかと、そう思っただけで――――学園をやめるなんて考えていませんわ!」
「でも、両立できないのだろう? であれば、不要なものは削除しなければならない」
至極あっさりとエドウィンは言った。
ビアトリスは、焦ってしまう。
「が、学園に通うことは重要ですわ。勉強はともかく、他でも、学園でしか経験できないことがたくさんありますもの。そ、それに、公務で会う方たちばかりでは交友範囲が狭まります。その点、学園ならばいろいろな立場の方がおられて、とてもためになるし――――」
「そうだね。そういった利点を考えて、私たちは学園に通っている。でも、それでビアーテの負担が増えてしまうのなら、話は違う。私は、大切なビアーテに、そんな負担をかけたくないからね。だとすれば、より優先度の高いものを残し、他を減らすしかないだろう?」
だから、ビアトリスは公務の方を減らしたいのだが、エドウィンにその選択肢はないようだ。
(エドさまったら、本当に真面目なんだから! でも、絶対学園はやめたくないわ! なんとかしなくっちゃ!)
「む、無理にやめなくとも……たとえば、減らすくらいでもいいのではないですか?」
「それは、どっちを?」
「……学園の方です」
泣く泣くビアトリスは、そう言った。
やめるよりはマシである。
エドウィンは、ニッコリと笑った。
「――――わかった。それなら、今まで通り学園に通うことにしよう。でも、私たちは無理に授業を受ける必要はない。優先されるべきは王族としての公務だよ。それでかまわないね?」
ビアトリスは、急いでコクコクと頷いた。気が変わって再び学校をやめるとか言われたらたいへんだ。
(たぶん、エドさまの冗談だと思うけど…………冗談よね?)
今ひとつ言い切ることができない。
エドウィンが、手を差し伸べてきた。
「さあ行こう、ビアーテ。他国の展示即売会に参加することは、学園で友好関係を築くことと同じくらい、ううん、それ以上にいい社会勉強になる。きっと将来私たちの役に立つよ」
その『将来』は、王子妃となった将来だろう。
そんなもの、婚約破棄される予定のビアトリスには、無用である。
しかし、そう言うわけにもいかなかった。
「はい。エドさま」
ため息を隠し、ビアトリスはエドウィンの手を取った。




