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 その後の、ビアトリスともう一人の女子生徒――――エイミー・スウィニー男爵令嬢の会話は、……正直、思いだしたくない。

 それは、エドウィンを酷く傷つけるものだったからだ。


 悪役令嬢とヒロインだという二人は、どちらも攻略対象者であるエドウィンを疎み、互いに押しつけ合っていた。


「――――私はエドさまに婚約破棄される立派な悪役令嬢なのよ! そして、あなたは曲がりなりにもヒロインだわ。この世界に転生したからには、きっちりと役目を果たしてもらうわよ! 撤退なんて認めないから!」


「そんなこと言われても、私、他人の婚約者を取るとか、無理なんで――――」


 二人の言葉がグサグサとエドウィンの心に、刃となって突き刺さる。

 特に痛かったのは、ビアトリスが必死の形相で叫んだ言葉だった。



「私は、ベンさま一推しのモブ担なんだから! しかも、断固、同担拒否なのよ!」



(『モブ担』……なんだ、それ?)


 エドウィンは首を傾げる。

 再び前世の記憶を辿って――――そういえば、アイドル好きの友人が似たようなことを言っていたなと思いだした。


(たしか、好きなメンバーの名前をつけて『~担』とか称していたな。ということは、ビアーテは、モブキャラが好きで応援しているってことなのか? しかも、ビアーテの一推しのモブキャラは、ベンさま? ――――って、あのベンジャミン!)


 ベンジャミン・キーンは、エドウィンの従僕候補だ。多少口が悪いが、それ以外は目立つところのないごくごく平凡な男子学生。


(……ああ、そう言われれば、たしかにモブキャラかもしれないな)


 少々可哀相だが、なんだかストンと納得した。きっと、間違いないだろう。


 同時に、ズン! と落ちこんだ。

 前世からずっと好きで大切にしてきた婚約者が、自分以外の、しかも自分とはずいぶんタイプの違う男を好きだったのだ。打ちのめされても仕方ない。

 しかし、その反面、心のどこかで納得する自分もいた。



(千愛は、俺のせいで殺されたんだ。その前も、いろいろ酷い目に遭っていたと聞いている。そいつらには、きっちり報復したけれど、それで千愛のいやな思い出が無くなるわけじゃない。きっと、悠人みたいな人間には近づきたくないと思っているはずだよな。……今の俺は、当たり前かもしれないが、悠人に似たところがある。……好かれていなくても当然か)



 自分を殺した人間を思い起こさせる相手を好きになるのは難しい。それくらいエドウィンにもわかっていたし、自分にそれを責める資格がないことも十分承知していた。


(千愛を殺したのは、俺なんだ。むしろ、俺は嫌われていないことを幸運に思わなければならない立場だよな。…………っと? あ、俺は、本当に嫌われていないのか?)


 急に不安になった。

 エドウィンとビアトリスの互いに向ける想いに温度差があることは、彼自身も周囲も薄々気づいている。だからこそ両親や臣下は、エドウィンの努力にエールを送ってくれているのだ。

 それでも、それは好きの度合いが違うだけで、嫌われているとは、今の今まで思ってもみなかったエドウィンだ。


(……だ、大丈夫だ! と、思う。ビアーテの今までの態度を思い返すに、積極的に愛情表現をしてくれることはなかったけれど、嫌悪感を向けられることもなかったから)


 ビアトリスがエドウィンに向ける感情の中で、一番多いのは、困惑だろう。

 美しい緑の目が揺れるとき、彼女は戸惑いの表情を浮かべていることが多い。

 そのほとんどは、エドウィンが彼女に好意を示したときで――――。


(ああ、そうか。それも当然だったんだ。もしも、本当にこの世界がゲームの世界で、ビアーテが悪役令嬢、そして俺が攻略対象者なのだとしたら、俺たちの仲がいいのは、ゲームのシナリオ上ありえないことだから。さぞかし不思議に見えたんだろうな)


 よくは知らないが、そんな乙女ゲームなど、聞いたことがなかった。

 しかし、ゲームがどんな内容で、エドウィンがどんな性格だったにしても、彼に前世の記憶がある限り、ビアトリスを嫌いになるはずがない。



(俺はビアーテと婚約破棄などしない!)



 それだけは、絶対の自信があった。

 どんなに好かれていなくとも――――たとえ、嫌われていたとしても、ビアトリスを手放す未来を、エドウィンは選べない。

 天と地がひっくり返ろうとも、その選択のせいで世界が終わるのだとしても、断じてありえなかった!


(婚約破棄だと? そんなこと誰が許すものか! 絶対、俺はビアーテを逃がさない! どんな手段をとっても俺のものとする!)


 強く強く決意する。

 諦めるつもりは、毛頭なかった。



(……それに、それほど絶望的な状況じゃないはずだ)


 エドウィンはそう思う。

 彼にはそう信じるに足る理由があった。


(ビアーテが好きなのは、ベンジャミン・キーンという個人じゃなく、モブというゲームキャラクターの一人だ。その証拠に、彼女はベンとろくに話したことはおろか会ったこともない。そんな相手を心から愛せるはずがないからな)


 ゲームの中で愛していたのだと言うのかもしれないが、モブキャラとは、特徴の無い目立たないキャラクターだ。ほとんど行動せずセリフもないモノへの恋愛など、本当の恋愛とは言えないはず。


(本物のベンジャミンに恋したというならまだしも、虚構のモブキャラになんか、負けてたまるものか!)


 グッ! とエドウィンは、拳を握った。



「――――あなたはヒロインでしょう! さっさと王子を攻略しなさいよ!」

「――――あなたは王子の婚約者でしょう! 絶対邪魔しないから、そのまま結婚してちょうだい!」



 相変わらず彼を押しつけ合う言葉を聞きながら、エドウィンはそっと教室に背中を向けた。


(俺が立ち聞きしていたことを知られるわけにはいかない)


 気づかれないうちに遠ざかり、声が聞こえないくらいの場所で、話が終わって出てきたビアトリスを待ち伏せるのだ。そして、彼女を迎えにきたばかりといったふりをして、偶然出くわさなければならない。



「――――私は、モブ担なのよ! 悪役令嬢だし、エドウィンさまから婚約破棄される予定なの。あと、断固同担拒否だから! ベンジャミンさまには近づかないで!」



 後ろから響いてくる声に……もはや傷つくことはない。



(残念だけど、俺が婚約破棄する予定は、未来永劫ないよ。ベンジャミンにも近づけさせない。……君を手に入れるのは、俺だ! 他の誰にも渡さない!)



 フツフツと闘志を燃やすエドウィンだった。


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[一言] エド様可哀想過ぎて吐きそう早く幸せになってくれええええええ
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