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少々引っかかる幕開けとなったが、その後の学園生活は最初の不安などどこ吹く風、バラ色の楽しいものとなった。
「エドさま、美術室に行ってみませんか?」
「図書館で本を借りたいのですけれど、エドさまもご一緒にいかがですか?」
今までエドウィンが誘うばかりで、自分からは一度も誘ってくれなかったビアトリスが、積極的に学園内のあちらこちらに一緒に行こうと言ってくるようになったからだ。
もちろん、エドウィンが断わるはずもない。毎日楽しい時間をすごしている。
(しかも今日は、こんな人気のない裏庭に誘うだなんて!)
美しく可憐な花々が咲き乱れるこの庭は、別名を『恋人たちの庭』。愛を告白する生徒たちが利用する学園の隠れた名所なのだと聞いたことがある。
そんな曰く付きの場所に、愛する婚約者から誘われたエドウィンが、期待してしまっても仕方ない。
(ああ、でも男の俺が、ビアーテから先に告白されるのはどうかな? ここは先に言うべきか?)
迷うエドウィンは、なかなかきっかけが掴めなかった。
ビアトリスも同じなのか、キョロキョロと挙動不審な二人の間を、無駄に時間が過ぎていく。
(ああ、残念だけど、さすがにタイムオーバーだな。……いや、でもこういうジレジレした想いも悪くない。きっといつかはいい思い出になる)
「――――風が出てきたね。たしかに君の言う通り綺麗な花の咲いている美しい庭で、いつまでも一緒に見ていたいけど、体調を崩したらいけない。そろそろ校内に入ろうか?」
ビアトリスに風邪をひかせるわけにはいかないと思ったエドウィンは、彼女に手を差し伸べた。
(愛の告白は、またいつでもできる)
「……はい。エドさま」
ビアトリスも離れがたいと思っているのだろう。残念そうな視線を庭の奥に向けながら彼の手を取った。
(ゴメン、ビアーテ。次は必ず俺から誘うから!)
エドウィンがそう思った瞬間、なにかに気を取られたのか、ビアトリスはバランスを崩す。
「危ない! ビアーテ!」
「え? あ、きゃあっ!」
咄嗟にエドウィンは、彼女を庇った。
もつれあいながら倒れこみ、なんとか自分の体をビアトリスの下にする。
少しでも衝撃を少なくしようとした結果なのだが……なんと! 彼女の唇が、偶然エドウィンの唇に触れてしまった。
つまり、二人はキスしたのだ。
(うぉっ!)
その瞬間、エドウィンの頭の中に、バッ! と花が散った。脳内がピンクに染まる。
(キス! キスしている! ビアーテと!)
喜びが爆発し、まともな言葉にならない。
見上げれば、ビアトリスの頬は、真っ赤に染まっていた。
「ご、ごめん、ビアーテ。ケガはない?」
このまま可愛い彼女の顔をずっと見ていたいけど、まさかそうもいかない。
バクバクと高鳴る胸の鼓動を意識しながら、エドウィンは彼女に話しかけた。
頬がカッカッと熱いから、きっと熟れたトマトみたいになっていることだろう。
「だ、大丈夫で――――って、痛っ!」
焦って彼の上から退き立ち上がろうとしたビアトリスだが、できずに足首を押さえて、倒れかかってきた。
「ビアーテ!」
きっと足を挫いてしまったのだ。そう判断したエドウィンは、即座に跳ね起き、彼女の背中と両膝の下に手を入れ抱き上げる。
「へ?」
「私の首に手を回して掴まって」
「あ、はい」
ビアトリスの手が、しっかり掴まったのを確認してから走りだした。
「エ、エドさま?」
「すぐに保健室に連れて行くから、しばらく我慢して」
一刻も早く養護教諭に診てもらわなければならない。
「エドさま! 私、自分で歩けます!」
「ダメだよ。たぶん捻挫だと思うけど、軽く考えてはいけない。無理をしたら治りが遅くなるからね。このまま私に任せて」
ビアトリスに痛みなど、少しも感じてほしくない。
急がなければと思ったエドウィンは、周囲を気にせず突き進んだ。
途中、不安になったのか、ビアトリスが、甘えるように彼の胸に頭を擦りつけてくる。
(か、可愛いすぎる!)
「……ビ、ビアーテ。……大丈夫だよ。私が君を必ず守るから」
安心させるように囁けば、ますます頭は擦りつけられ、エドウィンは胸の鼓動を早めた。
大切に、大切に、愛する婚約者を抱きしめながらエドウィンは走る。
この日、この時、彼は愛するビアトリスの体も心も、己が手にしっかり抱きしめていると確信していた。